「本日の対戦相手ニーダー・ヴァイゼルのグラウンドからハロー」

7月2日、ドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトの「日本語版」公式ツイッターは、太陽がそそぐピッチを映した短い動画を投稿していた。長谷部誠の先発入りを伝え、キックオフまでのカウントダウンも行い、新シーズンへの初のテストマッチへの機運を盛り上げていく。

ドイツのクラブによる事細かな日本語での投稿。Jリーグのクラブにも匹敵するような手厚さで、14ー0と大勝した試合の全得点をつぶやき続けた。

SNS上の「ライブ速報」。欧州クラブはどんな目的で、どんな戦略を持って手をかけているのか。約2・2万人のフォロワーを持つフランクフルト公式アカウントの“中の人”に直撃した。

フランクフルト公式日本語版ツイッターのヘッダー
フランクフルト公式日本語版ツイッターのヘッダー

「ただ単に選手を好きになってもらうより、チームを好きになってもらえるように。日本人選手をうまく情報源として軸にしながら、発信をしていく形ですね」。

教えてくれたのは近江孝行さん。フランクフルトに住み、「World Football Connection」の代表を務めている。同社は競技団体などを対象にした企画、海外留学のあっせん業務、サッカースクールその他各種スポーツクラブの運営などを行う。その1つとして、フランクフルトから業務委託を受け、ツイッター作業を手掛けている。“中の人”は日本人だった。

開始は14年8月。現在は欧州クラブの日本語版SNSは珍しくはないが、当時は限られていた。長谷部、乾が所属しており、マーケティングの一環として、日本語に特化したアカウントを開始した。

それ以前には高原直泰、稲本潤一、そして現在は鎌田大地も籍を置く。「フランクフルト」のチーム名が日本で目に触れる機会は断続的に続いてきた。

「日本にとって大事な情報がこっちの夕方だと、日本は深夜みたいなことも。即座か、待った方が良いのか。そういう見極めもあります」。

時差にも気を配りながら、いち早く情報を遠く日本に届ける。そのツイッターはユニークなものも。例えば…。


「優勝だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


5月19日、欧州リーグで42年ぶりの優勝を飾った直後のつぶやきは、1・3万の「いいね」を集めた。

フランクフルト公式日本語版ツイッターより。欧州リーグ優勝した際の投稿
フランクフルト公式日本語版ツイッターより。欧州リーグ優勝した際の投稿

その試合では長谷部が途中出場。その結果を受けてのつぶやきはこれ。


「ス、スゴイ……!! 途中から出場した38歳の日本人が#UEL決勝で試合を整えちまった。。その名も#長谷部誠」

フランクフルト公式日本語版ツイッターより。長谷部が「整えちまった」
フランクフルト公式日本語版ツイッターより。長谷部が「整えちまった」

「整える」は、もちろん長谷部の大ヒット著作「心を整える」から。さらにその2日後には…。


「#長谷部誠の“終わりなき旅」


大好きなMr.Childrenの名曲に添わせて、快挙を伝えた。

フランクフルト公式日本語版ツイッターより。長谷部が好きなMr.Childrenの名曲にかけて
フランクフルト公式日本語版ツイッターより。長谷部が好きなMr.Childrenの名曲にかけて

鳥栖に所属していた鎌田が佐賀弁で話す動画など。他にも手が込んでいる。近江さんが言う。

「基本は日本のコンテンツに合わせた情報、ドイツのしっかりした情報がメインです。エンターテインメント性を持ったツイートは全体の数%になります」。

同社の社員も含めて複数人で担当しており、正確な情報を日本語訳する係、試合実況する係などで分けているという。データ分析も随時行い、クラブ側ともミーティングを重ねている。NGもある。

「長谷部選手、鎌田選手はメディアに出るタイプではない。どこまでいきすぎがNGなのか。慎重にはなっています。彼らのスタイルもあるので」。


近江さん自身は元プロサッカー選手だった。草津東高で全国選手権準優勝。近大卒業後にドイツに渡り、ニュージーランド、オーストラリア、インドでプロ生活を送った。

「初めの時期は単純にアイントラハトが好きで。サッカーをやっていたので、ブンデスのチームをずっと見ていけるなと。そこから試行錯誤しながら続けていき、いまの組織がしっかりできた感じですね」。

いまではアウェー戦に帯同する機会も増えた。

「試合実況はテレビのほうが見やすいですけど(笑い)、でも臨場感、ファンの盛り上がりを伝えるには現地に行って、みなに伝えたいなと」。

純粋なファンとして、誇り高いひと言も、その中でもらった。4月の欧州リーグ準々決勝第2戦、敵地でのバルセロナ戦だった。観客動員数7万9468人のうち、約3万人をフランクフルトのファンが占めた。試合も3-2で勝った。

「バルサの記者も、バルサのスタジアムがアウェーのようになったのは『おれは50年以上このチームを知ってるけど、初めてだ』と。それってすごいなと」。

ホームでのコロナ前の平均入場者数は4万9500人。とびきり熱いファンの熱気を、そのまま日本に伝えるのも大きな役割であり、本望だ。

現在は8月に控えるUEFAスーパーカップで、欧州チャンピオンズリーグ覇者のレアル・マドリードと激突する楽しみも待つ。

「かけている時間、思いなどはよそに負けないと思ってます。もっと多いフォロワーを集めているクラブもあるので、もっと良さを出していけるようにしたいですね」。

チームだけでない。“中の人”も一緒に、さらなる高みへ向けて戦っていた。【阿部健吾】

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)