走らなかった主将は、中継所でエースを待っていた。
10月30日。青空が広がった杜(もり)の都・仙台を、色とりどりのタスキをかけた大学生ランナーが駆け抜けた。
全日本大学女子駅伝。26チームが39・1キロ(6区間)を争う。その中に、昨年3位の拓殖大(拓大)の姿があった。
「総合力で3位入賞へ」-。拓大のメンバーがことあるごとに口にする合言葉だ。
総合力。30日はその真意が垣間見えた一日だった。
拓大は常に上位でレースを進め、5位でフィニッシュした。目標の3位入賞を逃したが、2年連続でシード権を獲得した。
立役者の1人は、陸上の女子1万メートルで日本歴代3位のタイムを持つ不破聖衣来(2年)。万全ではないものの、エースが集う5区(9・2キロ)を29分39秒で走り、2年連続区間賞を受賞した。7位から順位を3つ上げて、最終区へつないだ。
台原森林公園近くの第5中継所。
走り終えた不破をサポートしたのは、4年生の小沢理子。出走メンバーから外れたチームの主将だった。
◇ ◇
ちょうど2年前。小沢はまさにこの中継所で、アンカーとしてタスキを受けとった。
結果は区間16位だった。チームは9位にとどまり、20秒差でシード権獲得を逃した。
あれから2年。飾り気がなく、仲間思いの小沢は、チームメートの投票で主将になった。
10月24日の壮行会後には、緊張気味に「総合力で3位入賞という目標へ向かって、チーム一丸となって取り組みたい」と意気込んだ。
続けて「2年生の時はアンカーで悔しい思いをしたので、今年は走れるとしたらアンカーとして、4年生としての意地を見せたい」と控えめに決意をにじませていた。
覚悟を固めて迎えた今大会。しかし、大会前日に発表された区間エントリーに、小沢の名前はなかった。
「走れなくて、悔しい思いもありました」
中継所の片隅で、正直な思いがこぼれた。悔しい。目の前を他チームのランナーが次々と駆けていく。リベンジの舞台に立つことは、かなわなかった。
◇ ◇
不破が驚異的な結果を残したことで、拓大は一躍脚光を浴びるようになった。小沢も取材される機会が増えた。ただ、質問の多くが、不破に関することだった。
「あまり何とも思わないですけど、プライベートの質問とかは、私もわからないことがあるので」
気丈に振る舞っていたが、戸惑うこともあった。
私も結果を出さないと。そう意気込んだが、今大会は出走メンバーから外れた。
それでもスタート前には「結果やタイムよりも、楽しんで走ってきてね!」と不破を送り出した。「不安な気持ちもあったと思うんですけど、聖衣来ちゃんにとって、大舞台で走ることは楽しいはずなので」。後輩の心中をくみ取り、優しく包み込んだ。それが主将の務めだと思ったからだ。
大会当日。7位でタスキを受けた不破はリラックスした様子で、徐々にペースアップした。3人を抜き去る力走。4位で中継所へ走ってきた。
大会補助員に大きなタオルをかけられた不破。小沢は右肩をさすりながら、優しく迎え入れる。「ありがとう。ありがとう」。耳元でささやく声は、どこまでも温かかった。
サポートを受けた不破は、直後の取材で「楽しく走れました」と笑みをはじけさせた。さらに、姉亜莉珠さん(22)から贈られたピンキーリングを右手小指に身につけていたことを明かし、ポーズをとりながら「結婚式みたいになってます」と明るくツッコむ余裕もあった。
晴れた表情の不破。そこから10メートルほど離れたところで、小沢もほほえんでいた。
◇ ◇
5位に終わったレース後の閉会式。
目標には届かなかったが、五十嵐利治監督は明るくうなずいた。「聖衣来が去年のような走りをできなくても、表彰台は狙えるんじゃないかと、手応えを感じました」。
1区の4年生・牛佳慧(ぎゅう・かえ)が4位で入ると、その後も3人が区間6位の好走。ブレーキ区間があっても、それを全員でカバーした。
監督はしみじみと言う。
「駅伝って、いい区間があって、悪い区間があって、それで総合順位なんですよ」
総合順位。2時間7分40秒という結果を導いたのは、走った6人に限らない。指揮官は小沢主将の献身をたたえていた。
「(小沢は)ずっとそうです。走れなかったとしてもチームに貢献できる。だからチームのみんなが、キャプテンに任命したんですよ。力が関わることなので、メンバーを外れることもある。そうであっても、4年生で走れない悔しさをチームのサポートに回せるのは、彼女の人間的な大きさなのかなと思います」
拓大が唱えてきた「総合力」とは、出走者6人の力を指すものではなかった。“チーム全員の力”を意味していた。
◇ ◇
閉会式から2時間ほど前の第5中継所。
クールダウンをする不破を待ちながら、小沢はこんな話をしていた。
「結果がよくても悪くても、この大会は12月の富士山女子駅伝や来年につながると思います」
小沢は4年生。来年はチームにはいない。だが確かに「来年につながる」と言った。
「主将になって、今まで見てこなかったことを気にかけるようになって。チームのことを思えば、自分も成長できると思うので」
こともなげにそう言っていると、ダウンを終えた不破が戻ってきた。「行きますね」。小沢はマットや道具を両手いっぱいに抱えながら、不破とともに、ゴール地点行きのバスへと向かった。2人は静かにねぎらい合っていた。
ほどなくして、バスが出発した。秋の柔らかな日差しが、県道22号線を照らしていた。
この道の先には、順調な区間もあれば、急停止してしまう区間もある。でもきっと、道中で見える1つ1つの景色が、成長へとつながっているはずだ。【藤塚大輔】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)