「男だろ!」。このひと言で空気が和み、拍手がわき起こった。今では選手からもリクエストされるかけ声。司会の日本テレビ・山本健太アナウンサーから振られて「頑張ります」とつぶやき、全力で応えた駒大・大八木弘明総監督(64)は、照れくさそうに肩をすくめた。
舞台は「箱根駅伝100回記念シンポジウム in京都」。4月最後の日のロームシアター京都は、約450人の箱根ファンで埋め尽くされていた。
史上5校目の3冠を成し遂げてから約4カ月。今年3月末に監督を勇退した64歳は、総監督として、今でもトップ選手の育成に関わっている。
監督生活28年で、世界大会に出場するランナーの輩出、箱根4連覇、そして3冠を達成。すさまじい足跡を残してきた。
この日、スーツをビシッと決めて登壇した大八木総監督は、四半世紀を超える長い道のりを振り返って「子どもたちとの距離感が変わった」と話す。
当初、学生とのコミュニケーションは一方通行だった。
「若い頃は上から目線でやってましたから、その頃の選手たちはたぶん怖くて何も言えなかったと思う」と苦笑い。
それでも、5~6年前からはスタンスを転換した。学生目線に立って、自らコミュニケーションを図るようになったのだ。
今は、学生とは「親子のような関係」と話し、「田沢廉(現・トヨタ自動車)なんかはタメ口みたいな時もあります。これまででは考えられないですけど、今はかわいくて」とにこにこ。話すほどに顔がほころんでいく様子は、観客を、本当の家族とのエピソードを話しているかのような錯覚に陥らせた。
ただし、指導者としてずっと変わらない部分もある。それは、選手にかける「情熱」だ。
「『情熱に勝る能力なし』という言葉がありますけど、選手にも情熱を持って指導することを一番大切にしてる」
その気持ちは、今も全く衰えていない。可能性を秘める選手をいかに導くか。箱根しか見ていない選手にいかに世界を見せるか。それは、指導者としての役目のひとつだと信じている。
「駒大から世界へ」-。実際、直近で田沢が世界選手権に出場したことから、この言葉も、選手の胸には現実的なものとしてしっかりと刻まれている。
今年もまた駅伝シーズンがやってくる。総監督として初めてのシーズン。
「うちの子どもたちは…」とうれしそうに話す大八木総監督は、愛する選手をどんな場所に連れて行くのだろうか。【竹本穂乃加】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「We Love Sports」)