東京オリンピック(五輪)日本代表の主将で、前回王者の松山恭助(24=JTB)が8強止まりも納得した。

五輪の団体4位にアンカーとして貢献したディフェンディングチャンピオンだが、準々決勝で安部慶輝(秋田緑ケ丘病院)に10-15で敗退。「初戦から、しっくりこなかった。ベスト8は悔しいんですけど、今日の自分としては限界だったのかなと思います」と淡々と振り返った。

メダルは逃したものの、五輪の団体では3位決定戦まで経験。16年リオデジャネイロ五輪後、代表の主将を太田雄貴氏から受け継いでからの大目標だった大会を終え「正直に話すと、全く練習できていない状態。五輪に集中してきた分、休むことも大事かなと思って」と説明し、母校の早大で体を軽く動かした以外は8月下旬の代表練習再開まで心身を休めていたため「しょうがない。どこまで勝ち上がるか(目標も)考えなかった」というメンタルで大会を迎えていた。

一方で「欠場する選択肢は全くなかったですね。大会には出たかった」と現状を受け止める機会とし「全日本が終わったタイミングで土台造りを始めたい」。目指す24年パリ五輪へ「来週から。いきなり(負荷等を)上げるというより、ベース造りをしたい」と1歩ずつ、明日へ進む。

自分たちが成し遂げたかった日本初の金メダル獲得は、男子エペ団体に先を越された。メンバーが引っ張りだこのテレビは「全く見てない」と笑いつつ「でも彼らは金メダルに値するだけの成績を(五輪までの国際大会で)出してきたと思いますし、驚きでもない。刺激は受けましたし、段階を踏んで、そこにたどり着きたいと思っています。自分たちは、自分たち」とマイペースで、パリから逆算した基礎トレーニングを始める構えだ。【木下淳】