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マー君が侍エース自覚の3回1安打無失点

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星野監督(右)に侍ジャパンのユニホームを渡され笑顔を見せる田中
星野監督(右)に侍ジャパンのユニホームを渡され笑顔を見せる田中

<オープン戦:楽天0-1DeNA>◇3日◇長崎

 マー君が侍ジャパンのエースだ! 楽天田中将大投手(23)が、DeNA戦に登板し3回1安打無失点に抑えた。前回登板が雨で流れ、先月13日の紅白戦以来19日ぶりの実戦で最速151キロを記録。順調な調整ぶりを見せた。次回は10日、台湾との震災復興支援試合に投げる。この日の試合前、星野監督から背番号18の代表ユニホームを手渡され、日本のエースとしての自覚も芽生えてきた。

 田中は回をまたいでから、リミッターを外した。6回に3番手で登板したが「1イニング目は正直、久しぶり。おそる、おそるブレーキをかけてました」と明かした。この回は最速146キロ止まり。だが、7回に入り「腕が振れてきた」。2死からDeNA森本に150キロを続け見逃し三振。8回はさらに加速し151キロをたたき出した。19日ぶりのマウンドを無失点で締めた。

 前回の紅白戦は2回1失点。若手相手に4本も安打を許し、佐藤投手コーチから「腕だけで投げている」と指摘された。ブルペンで修正を続けたが「ブルペンはブルペン。打者が立たないと分からない」。実戦が遠のき、さすがにイライラが募っていた。待ち焦がれた登板だった。「力を入れた時の真っすぐが完璧じゃない」と反省も忘れなかったが、修正がうまくいったことを証明できた。

 照準は30日の開幕だが、その前に特別な舞台が用意された。10日に日本代表として、震災復興支援試合に出場する。試合前、星野監督から代表ユニホームを手渡された。08年北京五輪、09年WBCに続く栄誉だが、重みが違った。背番号が「15」から「18」に。北京でダルビッシュ、WBCでは松坂がつけた日の丸の金看板。「ようやく自覚と言いますか。18に自分の名前がついて。実感しました」と正直な思いを述べた。

 エースの自覚は、楽天では前から持っていた。岩隈が抜け初めてのシーズン。自主トレ期間から「今年は自分で引っ張る気持ちですか?」と同じ質問が続いたが、答えはいつも一緒。「特別に思うことは、ないですね。前から自分がやらなきゃと思っていましたから」。岩隈のことは「大きな存在」と認めるが、「去年も岩隈さんが(2軍で)いない時期があったし、やることは同じです」という。

 置かれた立場は分かっている。ダルビッシュが日本を離れ、次は日本球界でもエースになることが期待されている。「本拠地東北の皆さんに格好良いところを見せたい。18の番号に恥じない投球をしたい」と宣言した。その約束を守った時、次のステップに進んでいるはずだ。【古川真弥】

 ◆楽天田中と日本代表 駒大苫小牧(北海道)時代、2度全日本高校選抜入りした。2年時の05年アジアAAA選手権は背番号1、3年時の06年日米親善高校野球は背番号2。プロ入り後は08年北京五輪、09年WBCで代表入りし、両大会とも背番号15。「18」は北京五輪が日本ハム・ダルビッシュ、WBCではレッドソックス松坂がつけていた。

 [2012年3月4日6時58分 紙面から]







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