<阪神7-3ヤクルト>◇19日◇甲子園

 打球は左翼線へ伸びた。入れ-。虎党が、ベンチが、誰よりも阪神福留孝介外野手(35)が祈るように見つめた白球はポールを直撃した。延長12回2死満塁。泣いても、笑っても、最後の打者だった福留が劇的なサヨナラ満塁弾で死闘に決着をつけた。

 「ああだこうだ考えても仕方ない。エラーでも何でもいいと思っていた。しっかりとつかまった打球だったから。でも、風が分からないんで、切れないことだけを願って走っていた」。日米通じて初めてのサヨナラ満塁弾。塁上を駆け抜けながら笑みがはじけた。2本塁打の主役を仲間たちが手荒い祝福で迎えた。

 どん底にいた男が吹っ切れた。7回に1点を返して、なお1死三塁。福留はカウント3ボールからの速球をフルスイングした。本拠地甲子園でのチーム1号は劇的な同点2ラン。何よりも福留自身にとって大きな意味を持つ1発だった。

 この日前まで打率は1割3分8厘。規定打席到達者の中で一番下に名前があった。「ゲームに入れば、結果が出ている、出ていないということは考えない」とは言ったが、野球人生の中でも最大級の屈辱だろう。ただ、どん底でもバットを振る勇気を失わなかった男に、女神はほほ笑んだ。

 福留の打球を最も力強く後押ししたのは家族の力だった。この日は愛娘・桜楓(はるか)ちゃんの2歳の誕生日。「ハルカはさ。桜の季節に生まれたから『桜』の字を使った。それと俺たち家族の原点でもあるシカゴは風の街って言われてるだろ?

 だから、どうしても『風』っていう字を入れたかったんだ」。カブス時代に風の街で生まれた愛娘が不思議な“風”をそっと吹かせてくれたのかもしれない。試合後、ホームランボールが返ってきた。自称「イクメン」の福留は愛する娘に贈る白球を大事そうに持ち帰った。【鈴木忠平】

 ▼福留が延長12回に満塁サヨナラ本塁打。満塁サヨナラ本塁打は11年10月22日長野(巨人)以来76本目(セでは38本目)で、阪神では96年5月1日グレンが横浜戦で記録して以来、17年ぶり7本目。福留は中日時代に満塁本塁打を3本、サヨナラ本塁打を1本打っているが、満塁サヨナラは自身初めてだ(メジャーでは満塁1本)。福留は5日広島戦で延長12回に勝ち越しアーチを放っており、今季延長イニングの打席結果は右本、投ゴ、左本と早くも2発。中日時代には延長イニングで打率3割7分1厘を記録していたが、阪神でも延長に強いところを見せている。