7日に肺がんのため64歳で死去した歌手ジョー山中さん(本名・山中明)の前夜式が11日、東京・品川教会で営まれた。式中はひつぎのふたが開かれ、この日のために新調した白のマントを身に着けた山中さんが安らかに横たわっていた。

 教会には山中さんを見いだし、山中さんがボーカルを務めたロックバンド、フラワー・トラベリン・バンド(FTB)をプロデュースした内田裕也(71)ら800人が参列した。

 早すぎる山中さんの死に、内田は「彼が19歳の時から45年の付き合いだった。64歳という若さは悔しい。69歳、ロックの年まで生きてほしかった」と肩を落とした。内田が山中さんの死去後、初めて対面したのは10日。「とてもきれいな顔で白のスーツを着て。『今から天国のステージに立つんだ』という穏やかな顔だった。ボブ・マーレーが乗り移ったようだった」と振り返った。

 FTBは、内田の「ロックを世界の共通語にしよう」という夢をモットーに、当時の日本でだれも成し遂げられなかった海外進出を成功させた。71年にはカナダのラジオ局チャートで「SATORI」が1位にランクインした。

 山中さんはボランティア活動にも励み、過去にカンボジア、中国など22の国と地域を駆け回った。東日本大震災直後も、体調が思わしくなかったが内田とともに都内で義援活動を行った。内田は後日、自身が発起人となってしのぶ会を開催することを明かした。「世界でボランティア活動したこんなすばらしい人に勲章をあげてもいい。政府の勲章はいらない。自分がボブ・マーレー賞を(山中さんに)あげる」。最後は「ジョー山中さん、君のことは決して忘れない、ロックンロール」と締めくくった。今日12日に同所で行われる葬儀では、内田が弔辞を読む。9月2日に山中さんが愛したライブハウス、東京・クロコダイルで山中さんのバースデーライブが行われる予定だったが、関係者によると追悼ライブの検討を始めているという。