復活信じてドーム大会終止符/新日本
<新日本:東京大会>◇4日◇東京ドーム◇4万3000人
ドームの高い天井を見上げた。蝶野は最後のドームで勝ち名乗りを受けた。89年4月の第1回東京ドーム大会出場から、ちょうど30回目の節目。「これで終わりではなく、休憩だと思っている」。蝶野が複雑な顔で言った。
欧州遠征からがい旋帰国した直後、25歳で第1回大会に出場した。その後も橋本、ノアの三沢、小橋らと死闘を演じた。橋本、武藤と闘魂三銃士として人気を呼び、大黒柱に成長したのも、東京ドーム大会があったからこそ。「おれはドームに育てられた」。この日は、天山とともに力を振り絞り、IWGPタッグ王座防衛を果たした。
獣神サンダー・ライガーも第1回大会でデビューした。以来、新日本トップのドーム大会32回出場を誇る。今も最初のリングは忘れない。「高い天井。視界いっぱいに広がる大観衆。緊張に押しつぶされそうでした」。ドームのリングは今でも夢。だからあえて厳しく言った。「最近の選手には当たり前になっていたかもしれない。区切りを打つことで、ドームのすごさ、大切さが分かればいい」。
ここ数年は観客動員が伸び悩んだ。年3回の開催は財政的に難しくなった。しかし、この日は最後の興行ということで、3大会ぶりに観客数が4万人台に回復。サイモン猪木社長は「とりあえず恒例の5月の興行はありません。でもこのまま盛り上がっていけば、ドーム大会を再開させたい」と話した。
レスナーに挑戦した中邑は「新しい時代をつくる。絶対に最後のドーム大会にはしない」と力強く誓った。蝶野も「若い人のためにも、ドーム大会は残していきたい」と表情を引き締めた。地道な努力で観客の信用を取り戻していけば、近い将来、必ずや新日本の東京ドーム大会は復活する。【田口潤】
[2006/1/5/09:11 紙面から]
写真=蝶野(右)は越中の顔面にハイキックを放つ(撮影・鹿野芳博)
|