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2004.01.11付紙面より
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| 写真=どこまでが本当で、どこまでが本気なのか? 長〜い収録直後のインタビューだというのに、パワー全開のマシンガントーク。きまじめな誠実顔でギャグを発せば、クシャクシャ笑顔で真しな発言と変幻自在。これぞ「ザ・役者」と関心させられました |
| (撮影・浅見桂子) |
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俳優勝負、8年連敗、16年連勝
俳優になるため何でもした。唐沢寿明(40)。香港の映画スター、ブルース・リーにあこがれ、高校を中退し、家も出て俳優の道に進んだ。しかし、売れない。芸名を変え、年齢もさばを読んだ。ショーパブにも出た。どん底時代は8年続いた。そんな経験があるからこそ、ドラマ、映画に主演する今も、つかんだ役に対する思いは熱い。「いい俳優とやりたい。キムタク(木村拓哉)とかね」と共演希望も飛び出した。
「落語家になれ」
小学校時代は、周囲を笑わせるひょうきんな子供で、通知表に「落語家になりなさい」と書かれた。そんな少年がブルース・リーの映画を見て、俳優を目指した。何度も映画館に通い、空手も習った。高校を2年で中退し、両親と大げんかして実家も飛び出た。16歳からテレビや映画のオーディションは何でも受けまくったが、落ち続けた。
唐沢 オーディションの履歴書に「俳優」と書いたことはなかったなぁ。従業員、会社員、ストリッパー。「なんだこいつ」と興味を持ってほしくて。最終の手前で落ちた時は「何か役があるだろう。エキストラでも」としつこく言ったら、「帰ってくれ」と言われたよ。
どん底生活は長く、アルバイトを転々とした。ショーパブの仕事や、仮面ライダーのショッカー役などで生計を立てた。発表の場を持ちたくて、仲間3人で劇団を作り、小さな劇場で公演を続けた。転機はデビュー舞台となった「ボーイズレビュー・ステイゴールド」(87年)。初めてオーディションにトライしてから8年、24歳になっていた。
出演を機に芸能事務所に入った。童顔のため、プロフィールは実年齢より2歳年下に。芸名も本名の「潔」から「寿明」に変えた。徐々に売れ始めたが、意に反してさわやかなイメージが定着。俳優として売れるため、家の鏡で「笑顔」の練習もした。
唐沢 本名の「潔」でやってたけど潔く売れなかったから(笑い)。NHK「とっておきの青春」が初のテレビドラマで、見てたら名前が出てこなかったの。社長に電話したら「今まで運がなさすぎるから寿に明るいに『寿明』に変えたから」って言われて。こだわりはないよ。売れればいいんだもん。
風呂場にも台本
認めてもらえずスタッフと衝突することもあった。本物の俳優を目指していたからこそ本気でぶつかった。実年齢の29歳に戻したころ、「俳優=唐沢」を定着させたフジテレビ「愛という名のもとに」(92年)に出会った。
唐沢 ようやく役者として食えるかなと思ったね。でも、全然遅いとは思わなかった。すでに2つさば読んでたから。中野英雄なんかおれより年上の設定だけど、おれから見たら年下。おれがため口聞いたら、中野が「なんだこの野郎」って。おれも現場で「なんだじゃねえよ。ちゃんとやれよ」って怒ったのよ。それから仲良くなって、後で年齢のことを説明したら「そうだったのか」ってね。今もため口だけど。
小学校の人気者だった明るさは、スターとなった今も変わらない。このインタビューでも、部屋に入るなり、「何でも聞いて。面白いことを話せばいいんでしょ。大丈夫。そういうこと得意だから(笑い)」と話し、場の空気を和ませた。主演するフジテレビ「白い巨塔」の収録は週5日。しかし、疲れた表情は一切見せず、周囲を気遣い、リラックスさせる軽妙な一言。唐沢が、共演した大物や、気難しいといわれる俳優からも愛される理由が瞬時に分かった。
しかし、「白い巨塔」で演じる財前五郎はそのイメージとは正反対。冷徹で非情な大学病院の医師だ。作家山崎豊子さんのベストセラーをもとに78年に放送され、財前を演じた故田宮二郎さんの代表作だった。
唐沢 僕も見てたけど、とにかく田宮さんのイメージが強い。正直失敗したら嫌だなと。今は吹っ切れたというか。40歳にもなったし、そういうチャレンジもいいんじゃないかなぁと。
収録前、実際に食道がんの手術に立ち会った。そして、収録に入ると、役にのめり込んだ。妻の女優山口智子(39)にも台本を読む姿を見せたことのなかった男が、台本を肌身離さず、風呂場にまで持ち込んだ。
唐沢 奥さんに「努力してます」という姿を見せてもしょうがないじゃない。でも、今回はそんなことを言っている場合じゃない。作品のプレッシャーかな。いくら数字よかろうが、評判がよかろうが、喜んでいる余裕がない。少し前なら(てんぐポーズで)これもんでしたよ。俳優って大変だなとつくづく思いましたね。
今年は「白い巨塔」のほか、映画2本、5月に舞台も始まる。02年にはNHK大河ドラマ「利家とまつ」で主演を務め、蜷川幸雄氏、野田秀樹氏、三谷幸喜氏の舞台にも主演した。売れたくてもがいていた時代を「今でも挫折していた感じがないんだよね」と振り返る余裕も出てきた。
唐沢 客観的に見たら苦労なんだけど、だって、それ(俳優)しかなかったから。今はどこまで出ずっぱりでいられるか、確かめてみたい気もするね。常に勝負していたいんでしょうね。まぁ早死にタイプですわ。
司会業断り続け
唐沢 いい俳優と仕事をやることはいいことだなと思う。でもなかなか出会えない。キムタクとかね。そして、渡辺謙さんとかあの辺の年代が好きですね。中井貴一さん、佐藤浩市さん、真田広之さんとかね。ああいう俳優になりたい。だって俳優以外は考えられないでしょ。今でも、ちゃんとした演技をみせないと、生き残っていけないと思っているし。
20代のころ、ある取材で「勝負は40歳」と語った。今が節目の年。「これからはもっと楽にできるかな。仕事もゆっくりとなると思うよ」と答えた後、「『辞めたんじゃない』と言われるくらいの生活に戻りますよ。草加あたりでせんべいでも焼いてるんじゃないかな」と茶化すように言った。
唐沢 ちょっと外れたとこで好きなことを言うのがいい。そういう性格。だから「白い巨塔」でもスタッフに「うまく波に乗るまでは番宣に出ないようにしてください」と言われたよ。
唐沢にとって、昨年、7年ぶりに女優復帰した妻山口智子の存在が大きい。
唐沢 結婚しても、(俳優として)家には上がいるじゃん。だから思い上がらないで済む。彼女は「どうもおはようございます」と来ただけでお金になるんです。おれは「おはよう」と言っても、何かやらないと。踊ったりとかね。彼女は絶対的なスター。それはおれにとってプラス。ちゃんとお芝居を見せ続けないといけないと思わせてくれる。だって同じだと思わないもん。その反面、家のこともほとんどできるし、ある意味パーフェクトじゃないかな。天才的だと思うよ。
最初に部屋に入ってきた通り、何でも語った。そして、最後に一言。
唐沢 よくしゃべるな、おれって(笑い)。
ムードメーカーは本来の姿じゃない
舞台、映画などの仕事を通し親交のある脚本家・三谷幸喜さん(42) 今までの形にとらわれない自由な感じの役者。ムードメーカーみたいな所がありますが、それは本来の姿じゃないと思います。自分以外にそういう人がいると静かになる。気を使うんでしょうね。また舞台で一緒に仕事ができたらいいですね。何が起こっても大丈夫だし、頼りになる人ですから。あと、ネスレジャパン「ネスカフェゴールドブレンド」のCMも一緒にやらせてもらってますが、2人が最後にくっつくシーン。ホモっぽいのが気になります。2人ともそういう気はないので。よく「気持ち悪い」と言われるのであまり仲良くしないで少し距離でもおきましょうか。
◆唐沢寿明(からさわ・としあき) 本名・唐沢潔。1963年(昭和38年)6月3日、東京生まれ。87年、舞台デビュー。88年、朝の連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」、89年の大河ドラマ「春日局」に出演。91年「おいしい結婚」で映画デビュー。「妹よ」「イブ」のドラマのほか映画「ラヂオの時間」、舞台「big」「マクベス」など出演作品は多数。95年12月、山口智子と結婚。自伝的エッセー「ふたり」はべストセラー。映画「嗤(わら)う伊右衛門」(2月公開)「CASSHERN」(4月下旬公開予定)と舞台「浪人街」(5月16日初日、東京・青山劇場)に出演。175センチ。血液型A。
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