甲府の本拠地・山梨中銀スタジアムは、世界一安全なスタジアムと言ってもいいかも知れない。06年からスタンド最上段でAED(自動体外式除細動器)を携帯し、観客を見守っている救護ボランティアがいる。3月27日のナビスコ杯甲府-大宮戦では、一時心肺停止状態となった観客の女性を迅速な対応で救った。

 中銀スタジアムにAED救護ボランティアが待機するようになって11年。開催された公式戦は200試合以上。毎試合、万が一に備え続けてきたボランティアの活動が、1人の女性の命を救った。

 3月27日のナビスコ杯甲府-大宮戦の試合前、観戦に訪れていた女性が倒れた。連絡を受けたバックスタンドのボランティアが急行した。心肺停止から3分を過ぎると意識回復が難しい。すぐに心臓マッサージとAEDで心臓に電気ショックを与える処置を施した。駆けつけた医師と連携。救急車が到着した時には女性の呼吸が戻っていた。

 ボランティアリーダーで、山梨赤十字病院に勤務する介護福祉士の久保富美和さん(47)は「続けてきてよかった。救える命を救えてよかった」と話す。ボランティアの大半は看護師、救急救命士、応急手当指導員ら医療に関する資格の保持者。1試合4~5人。これほどの態勢は他のJリーグ会場では見られない。

 この取り組みを発案し、クラブに提案したのは日本医科大学武蔵小杉病院副院長の松田潔さん(56)だ。甲府がJ1に昇格した06年、山梨県立中央病院に勤めていた。観戦中に亡くなった人の遺族が「もっとクラブは安全に配慮するべきでないか」と訴えるのを聞いた。「サポーターとして、救急を専門にする医師として何か貢献できないか。世界一安全なスタジアムを作ってやろうじゃないか」と思い立った。

 甲府に提案を受け入れてもらい、医療従事者らに声をかけて始めた。一時、人手不足となったときもあったが、現在、登録ボランティアは約60人。活動は軌道に乗っている。

 JリーグはスタジアムにAEDを常設することを規則で定める。だが、松田さんは「もっとできることはある。サポーター1人の命は、クラブにとって勝ち点3よりも重要だと思う。東京五輪に向けても国中で考えないといけない」と言う。世界一安全なスタジアムを目指す取り組みが、大きく広がることを願っている。【上田悠太】