静かに、喜びをかみしめるつもりだった。だが、周囲がそれを許さなかった。後半35分。浦和MF平川忠亮(37)は、右サイドでDFをかわすと、中央のMF武藤にパスを送った。

 「スペースは縦にも中にもあった。相手が縦の方を意識している感じがあったので、中を狙った。かわせたので、シュートをか迷った時に、武藤が見えた。DFがついて行きづらい、いいところにおりてきた」

 巻き込むように右足を振り抜き、武藤はゴール左隅に流し込んだ。それを横目に見ながら、平川は静かに自陣に戻ろうとした。

 「うれしかったですね。武藤に感謝しないといけない。ゴールに関われてよかった。ケガしたりした分、喜びも大きかった。でもチームとしては、1点でも多くとらないといけない。失点も避けないと。まだなにも手に入れてない。きっちり切り替えていかないとやられると思った」

 生真面目な背中を、殺到する同僚たちが抱え込んだ。喜びの輪に加わるつもりがなくとも、平川が喜びの輪の中心になった。

 MF高木が、DF森脇が、ベテランを指さしてスタンドに称賛を求めた。

 みなが分かっていた。平川がいてこその浦和。だから誰もが、わが事のように決勝アシストを喜んだ。

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 9月の練習後。残暑厳しい大原サッカー場から、選手たちは汗をぬぐいながら引き揚げていった。

 そしてピッチ上に誰もいなくなったころ、クラブハウスから1人の選手が出てきた。平川だった。

 「ちょっと長くなりますよ」と笑う。スパイクをランニングシューズに履き替え、はしご状のひもとボール1個を抱えていた。

 芝の上に設置したひもを、細かいステップでまたぐ「ラダートレーニング」と、ピッチ外周を走るランニングを組み合わせたメニューを自らに課し、黙々と汗を流した。

 それを毎日繰り返した。やがて、メニューが終わる頃には、平川の頭上をアキアカネが舞うようになっていた。

 7月に左足首を負傷。戦線を離れた。「見た感じ、骨折しているんじゃないかと思った」というほどのケガで、夏場を棒に振った。

 「ケガ明けで、まだ試合に絡まないとなれば、みんなの倍はやらないとと思った。夏の暑くて辛い時期に、公式戦に出ていない選手も、練習試合を3、4試合こなしていた。その分を何とか追いつかないといけないと思っていた」

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 チーム最年長の37歳が、誰よりも懸命にコンディションづくりに励んでいる。それを首脳陣も、きちんと見ていた。

 平川ならやってくれる。そう思うからこそ、疲労がたまっているサイドの主力MF宇賀神を、今回の東京戦のベンチから外して休ませることができた。

 1点を追う後半。ウオームアップエリアの控え選手は、みな試合の行方に視線がくぎ付けになっていた。

 平川だけが、試合を横目に見つつも、ウオーミングアップのペースをどんどん上げていた。

 後半20分すぎ。右サイドMFの関根が足を痛めると、即座に平川に声がかかった。「急に言われて、いろいろ考える時間もなかった」と振り返るが、身体は十分に温まっていた。

 同25分。平川は関根と交代で、ピッチに入った。ファーストタッチ。FWズラタンからのパスをトラップしそこねた。

 ボールは右タッチラインを割りそうになったが、何とかコントロールできた。3月のアジアチャンピオンズリーグ浦項戦以来、7カ月ぶりの公式戦のピッチ。「スカっといってしまった。あれが出ていたら硬くなっていたかも」と苦笑いで振り返る。

 事なきを得たことで、すぐに落ち着きを取り戻した。東京の4バックの右外側にスキを見いだし、徹底的に攻めだした。

 縦への突破を多用していた関根への対処の中で、相手DFの縦を切る意識が強まっているのも、冷静に見て取っていた。

 駆け引きならお手のもの。アシストのシーン。相手の動きを読み切ることで、1フェイントで簡単にかわした。

 余裕をもって突破した分、中央の武藤の動きも、はっきりと見てとることができた。

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 出場機会に恵まれなくとも、ケガに苦しんでも、いつも万全の準備を続ける。

 この日の結果につながった平川のサッカーに取り組む姿勢は、さらに大きな波及効果もチームにもたらしている。

 アウェーへの遠征に帯同できない選手たちは、週末もクラブハウスに残って練習をする。

 モチベーションを保つのが難しい状況。だがそんな中、平川はフィジカルコーチも驚く勢いで、ミニゲームで猛然とスプリント走を繰り返す。

 その姿をみて、若手も「オレたちもやらないと」と懸命に汗をかくようになった。そんなメンバーの1人であるMF高木が、秋に入って定位置を勝ち取った。

 先発定着後、公式戦7戦6発の大活躍。チームをリーグ戦4連勝に導き、第2ステージと年間勝ち点ともに首位へと押し上げた。

 ここ数年、毎シーズン優勝争いを重ねてきた浦和だが、この時期は決まって調子を落としてきた。それが今年は、逆に調子を上げてきた。平川は言う。

 「トシ(高木)が出てきた代わりに、試合に出られなくなって悔しい思いをしている選手もいると思う。でもその間に、シーズンでたまった疲れを取ることもできる。全体をみれば、本当にいい効果をもたらしている。昔浦和がタイトルとった時には、紅白戦をすればどっちも強いというような戦力がそろっていた。今はそれに近づいている」

 戦力的な余裕と健全な競争が一度に生まれ、浦和に活気をもたらしている。シーズン大詰めに来て、チーム状況がグッと良くなった裏には、背中で若手を引っ張った平川の存在がある。

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 アウェーで2得点を挙げての勝利。第2戦を前に得たアドバンテージは、非常に大きい。それでも平川は「まだ何も得ていない。大事なのは日曜日の第2戦」と何度も繰り返す。

 ベテランはそれだけ、ルヴァン杯というタイトルを重視している。03年にクラブがナビスコ杯で初めて優勝した当時のことを、平川は振り返る。

 「あの時期はいいサッカーをしながら、タイトルになかなか恵まれなかった。それがナビスコ杯で優勝したことをきっかけに、チームはどんどん強くなった。今のチームも状況は似ている。非常にいいサッカーをしていて、常に上位でやっている中で、あとはタイトル。1つ取れば、大きな自信になる。そしてみんなが成長できる。今シーズン、日本で最初に決まるタイトル。これをしっかり取ることで、このチームは必ず上にいくことができる」

 常々「自分が現役のうちに、もう一度浦和の黄金時代をつくりたい」と話してきた。そのチャンスは、目の前にある。だから何としても、愛してやまないチームにルヴァン杯をもたらす。【塩畑大輔】