<J1:C大阪1-0新潟>◇第1節◇2日◇長居

 C大阪がMF柿谷曜一朗(23)の決勝弾で、99年以来14年ぶりのJ1開幕勝利を挙げた。引き分け濃厚となった後半43分、今季からエース番号8を背負う「新ミスターセレッソ」が技ありの値千金弾を決めて、新潟を下した。日本代表入りも期待される逸材の活躍で、クラブ史上初のタイトル獲得へ最高のスタートを切った。

 走らずにはいられなかった。引き分けが濃厚だった後半43分。柿谷はゴールネットを揺らすと、迷わず「モリシイズム」「8」と書かれたゴール裏の横断幕のもとに駆けだした。幼少期から憧れ続けた初代「背番号8」で、元日本代表MF森島寛晃氏(現C大阪アンバサダー)の十八番だった飛行機ポーズをまねた。

 「ああいう形でチャンスがあれば確実に決めたいと思っていた。(扇原と)目が合っていいボールが来たし、流し込むだけだった。内容は薄っぺらいが、結果として勝てたのが大きい」

 前半から新潟に押され続けた。それでもJ2徳島時代の10、11年に開幕戦で決勝点を挙げてきた男が、扇原のロングパスから相手DF陣の裏に抜け出し、右足で技ありゴールを決めた。

 この日の開幕はエース番号のお披露目だった。4歳からC大阪下部組織で育った柿谷にとって、森島氏が背負っていた8番は特別な番号。「ユニホームを着た瞬間、カッコええなと思って見とれていたら、90分が終わっていた」。前夜も緊張で寝不足となったが、16歳でプロ契約を結んだ「天才」のセンスはさえ渡っていた。

 今年1月、初代ミスターセレッソと呼ばれた森島氏に、初めて食事に招待された。その席で「8番をつけてくれないか」と言われ、思わず箸を持つ手が震えた。「えっ、ホンマにええんですか?」。昨年末は海外移籍の思いを封印し、C大阪残留を即決した。06年の同期入団で1学年上の香川(マンチェスターU)に先を越され、度重なる遅刻でJ2徳島に修行に出された時期もあった。そんな苦労も吹っ飛ぶ活躍だった。

 10代から柿谷を知るレビークルピ監督も「結果としては最高。曜一朗のゴールは最高のゴール。勝利に値するプレーだった」と、14年ぶりのJ1開幕勝利に直結した活躍を喜んだ。

 現在の目標は森島氏、香川、清武と、日本代表に名を連ねてきた先代たち以上の結果を残し、クラブに初タイトルをもたらすこと。“4代目ミスターセレッソ”を襲名した柿谷が新たなスタートを切った。【福岡吉央】

 ◆C大阪の背番号8

 通常は10番を指すことが多いが、元日本代表MF森島がクラブ創設の94年から引退した08年まで15年間背負い続け、C大阪では最も価値ある番号に。09、10年は香川が受け継ぎ、空き番号となった11年を経て、12年には清武が3代目に。清武が昨夏に移籍してからの半年間は再び空き番号となり、13番だった柿谷が今季から昇格する形となった。<柿谷曜一朗(かきたに・よういちろう)アラカルト>

 ◆略歴

 1990年(平2)1月3日、大阪市生まれ。177センチ、68キロ。血液型B。独身。J1通算32試合12得点。

 ◆下部組織育ち

 4歳からC大阪の下部組織に通う。06年1月、クラブ史上最年少の16歳でトップ昇格。アーセナルやインテルミラノのユースに短期留学も経験。

 ◆天才

 若くして天才と言われ、07年U-17W杯に日本代表のエースとして出場した。

 ◆ライバル

 同期入団の香川。09年に香川が先に背番号8を付けた時は「認めたくなかった」。

 ◆遅刻

 度重なる寝坊など生活態度の悪さがレビークルピ監督の怒りを買い、武者修行として09年6月にJ2徳島へ期限付き移籍。