<J1昇格プレーオフ:京都0-2徳島>◇決勝◇8日◇国立

 渦潮軍団が四国勢初のJ1昇格を果たした。J2・4位の徳島は同3位京都に完勝し、昇格最後の1枠を手にした。前半39分にDF千代反田充(33)がCKから頭で先制弾、同43分にはエースFW津田知宏(27)が速攻から豪快に追加点を決めた。J2参戦9年目を迎えた無名の雑草たちが聖地国立で輝き、来季は四国勢の悲願だったJ1の舞台に立つ。

 夢のような舞台で、夢のような瞬間が訪れた。徳島の選手は何度も冬の夜空に向かって跳びはね、約800キロ離れた四国からやって来たサポーターが歓喜の歌を響かせた。四国勢の悲願だった初のJ1クラブが誕生した。

 前半39分のCKを、DF千代反田が頭で先制弾。同43分には速攻からFW津田が、つま先で蹴りこんだ。リーグ戦の順位で京都を下回っており、勝つしかなかった。シュート4本という手数をかけない、効率的な攻撃で2点を挙げ、4季ぶり復帰を狙ったJ1の常連京都を下した。

 勝利の余韻に浸った。エース津田は「いろんな思いがこみ上げてきてグッときた。注目されず、J1に行けば目を向けてもらえるんじゃないかという思いがあった。カマタマーレ(讃岐)もJ2に決まり、これで四国が盛り上がる」と心から言った。千代反田も「今、自分たちがやれることを精いっぱいやった結果」。MF斉藤主将は「僕の最高の財産になる」と話し、涙で目をまっ赤にした。

 どん底を味わった男たちの栄冠だ。千代反田は10~11年に在籍した名古屋で、闘莉王の陰に隠れ、出番が少なかった。試合への飢えから練習に没頭したくても、ストイコビッチ監督の方針で居残りは禁止。10年にJ1優勝のピッチに立っていた選手が公園で隠れるように、ボールを蹴る日々があった。FW津田も、名古屋で同期入団の日本代表MF本田圭佑に大きな差をつけられた。もがき、努力し、蓄えた力が師走の国立で輝いた。

 簡単な道のりではなかった。母体の大塚製薬だった90年代はJリーグ準会員申請の直前で反対意見が出るなど足並みが乱れた。補強をしようにも「徳島に来てくれ」と口説けば「(鹿児島の)徳之島ですか?」と聞かれた。練習場を訪れる人は皆無で、中田仁司強化部長は「練習を見てるのはサル10匹。帰りにはイノシシが出た」。試合に負けては酒におぼれる選手もいたという。

 次の夢は、J1で鳴門の渦潮のような力強い存在になること。W杯イヤーの2014年。来季、四国から新風が吹き込んでくる。【益子浩一】

 ◆徳島ヴォルティス

 55年創部の大塚製薬が前身。四国リーグを経て99年からJFL参入、04年に2連覇。05年から四国勢で初めてJ2参入。クラブ名は、イタリア語で渦潮の「渦」を意味する「VORTICE」から生まれ、観客を興奮の渦に巻き込む思いが込められている。08年にFWドゥンビア(現CSKAモスクワ)、09~11年に日本代表FW柿谷曜一朗(現C大阪)らが在籍。本拠地は鳴門・大塚ポカリスエットスタジアム。新田広一郎社長。