五輪で注目されていた選手の敗退が続いています。改めて五輪はそう簡単な場所ではなく思い通りにいかないなということを実感します。一方で、初出場の選手や、今大会で急に注目された選手が活躍している例があります。

私の経験では、五輪という場所は知らないか知り尽くすか、どちらかが最もパフォーマンスが良いと思っていました。知り尽くす方はなんとなく分かると思いますが、知らないメリットはどういう部分にあるのでしょうか。

人間は複雑な作業を行う際に報酬が大きいほど、また失うものが大きいほど、パフォーマンスが下がるという性質があります。大きな報酬と損失が重圧の正体でもあります。五輪というところは不思議なところで、それが名誉だと感じる人にとってはとてつもない場所ですが、そう感じなければただのスポーツ大会です。競技人生を長く生きていくと、「あぁ五輪というのは社会にとって特別な場所なんだな」ということが刷り込まれていきます。それはある意味で五輪のマーケティングがうまくいっているということでもあります。一度そうなると、選手にとってもうそこはただのスポーツ大会ではなくなり、報酬も損失も大きくなります。

選手が最もパフォーマンスが良い状態は、今に集中しているときです。競技歴が長くなるといろんな経験を積むことができます。五輪も数度出場すると開会式から閉会式まで、また世間の反応も予測がつくようになり、そうすると、こうなればこうするという風にシミュレーションしやすくなります。一方で、それは何が起きるかを常に考えるという意味でもあり、未来にとらわれやすくなるということでもあります。

五輪を知らない選手は戦略的には未熟でも、今この瞬間に思い切り力を出すことができます。もう少し端的にいえば、五輪を知らない選手は思い切りがいいです。後先考えず思い切ってプレーする時、大半は自滅するのですが、その中のひと握りがそのまま力を出し切り続けてしまうということがあります。初めての五輪にはこれがあります。

選手同士は何度も対戦をしていくと、徐々に自分の力量と相手の力量がわかっていきます。その差を埋めるためにいろんな戦略、作戦を考えるわけですが、人間は不思議なことに相手を知り、自分を知りすぎると、自分自身の位置を自分から固定するようなところがあります。「自分とはこういう選手である」と決め過ぎてしまうのです。そうなると予測が正確になる一方で、ありえないような伸びを想像できなくなるし、想像できないので実現できなくなります。こうして選手は徐々に安定を手に入れ、代わりに自分の地位を固定させていきます。それは結果の安定を生みますが、驚くような結果は出せなくなるということでもあります。

初めて五輪に出る選手の特徴は、五輪を知らない、未来を予測しない、自分を決めてないという3つだと申し上げました。今大会は、このような新鮮な気持ちで挑んだ選手たちの躍進が多いと感じています。【為末大】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「為末大学」)