<柔道:世界選手権>◇第1日◇26日◇リオデジャネイロ

 やんちゃで憎めなくて強い新王者の誕生だ。男子60キロ級で初出場の高藤直寿(20=東海大)が、決勝でアマルトゥブシン・ダシダワー(モンゴル)に優勢勝ちして優勝した。同級では97年の野村忠宏以来16年ぶりの頂点。国際大会6連勝で、恩師の井上康生監督(35)との「金メダル第1号になる」という約束も達成。昨夏のロンドン五輪で金メダルゼロと惨敗した日本男子に勢いをつけた。

 大事なパフォーマンスを忘れていた。勝ち名乗りを受けた高藤は、疲労困憊(こんぱい)の中で思った。「踊れと言う人もいたなあ。わけわからず、奇声だけ上げて終わっちゃったな…」。目立ちたがり屋としては不完全燃焼か。いや、それだけ心身は完全燃焼していたからこそ。派手さはない指導2の優勢勝ちは「目立ってナンボ」が信条の青年が苦難に勝った証しだ。

 井上監督いわく「手を離したらどこまでも走っていくタイプ」。東海大の上水監督に言わせると「小学校1年生」。無邪気で活発。サービス精神旺盛で、写真撮影では「物で面白く」と消火器を手にポーズしたり、ツイッター上で彼女と「結婚する」と冗談を書いて周囲を驚かせたり。そんな「やんちゃ」が「余裕がない」と調子乗りを封印したのが、この1カ月だった。

 今月上旬に左太ももを肉離れ。「終わった」と瞬間は消沈したが、前を向いたのは恩師のため。代表選考会の5月選抜体重別で準決勝敗退。帰りの飛行機に搭乗中に入った留守電を聞くと「負けた選手を選ぶのは、オレにも覚悟がある。お前も覚悟をもってやってくれ」とメッセージがあった。「監督の世界での金メダル1号はオレが取る」と燃えた。大学病院の高圧酸素部屋に通い回復を祈った。

 この日、準々決勝で痛みが再発した。痛み止めを服用した状態で挑んだ金(韓国)との準決勝では、右の大腰で合わせ技一本。「小内刈りが警戒されてて、思い切って新しい技を出した」と冷静に大胆に。決勝では懐に潜り込んで肩車で1回転させ、1度は一本の判定も出た。相手が腹ばいで取り消しも、攻め続けて指導数の差で勝利を収めた。

 「やんちゃで勘違いされるけど、いろいろ考えてる」とは井上監督。小学校卒業後、栃木から越境で神奈川の東海大相模中へ。高校生と同居の寮に中学生は4人。先輩から「いっぱいしごかれた」。要求されることを先回りして行う中で、考える力はついた。「中学の時はきつかった」。陽気さの陰には苦労もあった。

 この日の精いっぱいのパフォーマンスは地球の裏側にちなみ、「日本の皆さん、金とりましたよー」と地面に向かって一言だけ。「ゴールはここではないので」とニヤリとする。隠し持つ野望は野村忠宏を超える五輪4連覇。派手に喜びを表現できる機会は、まだまだ先にある。【阿部健吾】

 ◆高藤直寿(たかとう・なおひさ)1993年(平5)5月30日、栃木県生まれ。7歳から柔道を始める。東海大相模中で全国中学校大会優勝。東海大相模高では1年で世界カデ選手権、3年で世界ジュニア制覇。東海大進学後の12年5月のGSモスクワで、IJFグランプリシリーズ初優勝。以降今大会まで国際大会6連勝。得意技は小内刈り、内股。左組み。世界ランク2位。愛犬に「メロメロ中」。名前は「キング」で「覇王とかラオウにしたかったんですけど」。家族は両親と姉。160センチ。