阪神岩崎優投手(29)の魅力とは何だろうか。

夕日差し込む沖縄・宜野座のブルペンで考えた時、数年前に左腕から教わった格言をふと思い出した。

「人生の唯一の意義は、人のために生きることである」-。

ロシアの小説家、思想家であったトルストイが残した名言だ。

2月4日、侍ジャパンの稲葉篤紀監督が阪神1軍キャンプ地の宜野座を視察した。ブルペンで熱視線を送った1人が岩崎だ。19年秋の「プレミア12」でも選出が検討された左腕は当然、東京五輪1次ロースター約180人の候補に入っているのだろう。

数年前、弾道測定器「トラックマン」を使いこなす他球団スコアラーが言っていた。岩崎は日本球界でもっとも打者寄りでボールを離す。140キロ前半の球速でも体感速度は156キロ-。

下半身をグッと沈み込ませ、可能な限りリリースポイントを打者に近づける。学生時代に独学で作り上げたフォームを、代表指揮官も「腕が遅れて出てくる。なかなか初見で打つのは難しい」と高評価している。

ただ、独特のメカニックと球筋に注目が集まり続けると、今度は違った魅力も紹介したくなるのが記者の性だ。岩崎はその責任感、精神力も日本代表クラス。決して大げさ過ぎる表現ではないと思っている。

今でこそ「勝利の方程式」の7、8回に定着しているが、以前はとにかく場面を選ばないタフネス左腕だった。試合中盤の無死満塁で登場したかと思えば、イニングまたぎもいとわず、1点リードのしびれる終盤にも現れる。それなのに愚痴一つ言わない。

抑えれば「使ってくれてありがとうございました」。打たれれば「前の投手の防御率を悪くしてしまって申し訳ない」「監督、コーチ、ファンの期待に応えられなくて悔しい」。なぜそこまで誰がために投げられるのか。そう問いかけた時、岩崎はトルストイの格言を紹介した後にこう言った。

「人のために…。自分もそういう人生にできたらな、と思っているんです」

常に謙虚で冷静沈着。一本筋の通った性格で、仲間のために身を粉にできる。絆や結束力を重視する稲葉ジャパンにフィットするイメージは十分に湧く。

稲葉監督が就任した17年夏以降、日の丸を背負った虎ナインは大山悠輔、岩貞祐太の2人だけ。世界一に輝いた19年秋の「プレミア12」には1人も選ばれていない。もし東京五輪が予定通り開催される場合、大山や岩貞、西勇輝、梅野隆太郎、近本光司、藤浪晋太郎らと共に、岩崎も虎党の希望を背負うことになる。

「まずはシーズンを頑張らないと始まらないでしょ。そもそも僕、学生時代から1度も代表に選ばれたことはないんですから」

岩崎の言葉はいつだって思慮深い。ブレないから頼もしい。【佐井陽介】

ブルペンで投球する阪神岩崎=2021年2月1日
ブルペンで投球する阪神岩崎=2021年2月1日
ブルペンで投球する阪神岩崎=2021年2月1日
ブルペンで投球する阪神岩崎=2021年2月1日