球場の空気を変えるとは、まさにこのことだろう。元西武の松坂大輔氏の引退セレモニー、最後の最後にイチロー氏がサプライズ登場した。一塁ダッグアウトの横からさっそうと現れ、花束を渡すとさっそうと立ち去る。かわした言葉はわずか。言葉よりも、その場に、あのイチロー氏が来たことに意味がある。一瞬ですべてを悟ったように、松坂氏も我慢していた涙があふれた。

2人の共演はわずか13秒という、あっという間の出来事だった。にもかかわらず鮮烈なインパクトを与え、見るものの心に刻まれたに違いない。その日のファン感謝イベント「LIONS THANKS FESTA2021」に参加した選手、関係者らにも一切知らされていなかった。球団内でもごく一部の人間にしか知らされていなかった“極秘任務”だった。

話によると、イチロー氏の球場入りは登場の直前で、サプライズ後にはすぐに球場を後にしていた「早業」だったという。その動線も、人目につかないようなルートを確保。文字どおり舞台裏でコトが進んでいた。

登場直前、ビデオメッセージで語りかけた言葉はわずか57文字。「大輔、どんな言葉をかけていいのか、なかなか言葉が見つからないよ。だから僕にはこんなやり方しかできません。許せ、大輔」。言葉以上に伝わってきた気持ちに、松坂氏は「最後にイチローさんに声をかけてもらって、これまでやってきて良かったなとあらためて思いました」。最高のフィナーレには、驚きと感動がつまっていた。【西武担当=栗田成芳】