重機で少しずつ解体されていく渡り廊下を見るたび、青柳晃洋投手の姿が思い浮かんだ。このたび、フィリーズとマイナー契約。阪神で9年間を過ごした31歳右腕はまもなく渡米し、新たな旅に出る。
甲子園では銀傘拡張にともなう工事が進んでいる。球場とクラブハウスを結ぶ渡り廊下の架け替えもその1つ。1月下旬、旧来の通路が完全に取り外され、並行して造られた新しい通路1本だけになった。
青柳はこの通路が怖かった。先発時のルーティンがある。クラブハウスで治療やマッサージを受けてしばしリラックス。最後の仕上げで、あおむけになるのだが、その瞬間に心臓がバクバクと鳴り出す。午後5時15分。試合用ユニホームに着替え、スパイクを履き、いざ球場へ。渡り廊下は幅が約2メートル、長さは約30メートル。遠くから、観客の声が漏れ聞こえてくる。もう逃げられない。勇気を振り絞って足を前に進める。
「あそこが緊張のピークです。だって今から4万人、5万人の前に行くんですよ。そう思ったら普通のことじゃない。ライブ前の歌手みたいでしょう?」
渡り廊下を抜けた先、右側の階段を下ればブルペンがある。ボールを握って、入念にチェックポイントをクリア。まだ緊張は解けない。ベンチから大観衆が待つグラウンドへと飛び出す。初回を無事に投げ終えたころ、やっと心が落ち着いてくる。
自信に満ちていた時も、調子が上がらない時も同じだった。自分にムチを打ってマウンドに上がってきた。これが1試合を任される先発投手という仕事だ。
そんな男が、米球界へのとびらを開いた。球団にポスティングシステムの使用を願い出た。これも勇気がいったことだ。阪神への感謝は尽きない。中学時代は軟式野球部の3番手。高校、大学も目立った選手ではなかったが、阪神がポテンシャルを見抜いてくれた。その恩義に応え、不器用な自分と向き合って、ここまで成長してきた。以前にこんな話を聞いた。
「人生はうまくいかないことがたくさんある。どんなに頑張ってもうまくいかなくて、結果も出なくて、毎日毎日、つらい思いをしたこともありましたが、ずっと続けているうちにできるようになるんだって思うようになりました」
恵まれた契約条件ではない。うまくいかないことはこれまで以上に多いだろうが、簡単にめげるはずはない。多くのハードルを乗り越えて、メジャー球場のマウンドへと続く通路を歩く時、一体どんな感情が湧くのか。本人から聞ける日を楽しみにしておきたい。【阪神担当=柏原誠】




