オリックス太田椋内野手が、本格的な才能開花のシーズンを送っている。4月まで4割超えの打率をキープ。現在も、得点圏打率、安打数などでリーグトップを走っている。
オリックスが日本一になった22年は、ヤクルトとの日本シリーズ第7戦(神宮)に1番一塁で先発起用され、サイスニードから日本シリーズ史上初となる初回初球先頭打者本塁打。なかなか人がやらないことをやってのける爆発力の持ち主だった。度重なるケガに苦しんできただけに、母校・天理(奈良)で太田を指導した中村良二監督(当時、現大院大監督)は「とにかくケガがないことを祈ります」と切実な思いを口にする。
天理野球部での2年半で、印象深いことがある。17年夏、天理は甲子園大会で97年春以来の4強入り。2年で正遊撃手だった太田も、先輩たちと長いホテル暮らしを続けた。夕食時、2年生は、中村監督や野球部長、コーチ陣と食卓を囲んだ。年長者に気を使って普段より早いペースで食事をすませる下級生が多い中、太田は違った。「先のことを考えて、です。体を大きくしたいので」とゆっくり時間をかけ、しっかりたくさん食べていた。自分のペースを守り、やると決めたことを実行していた。
「自主練習にも熱心でしたね。寮などで、姿が見えないなと思ったら、練習場にいました」
過去からの積み重ねが結果になっているのが今季。2年ぶりのリーグ制覇に打線を引っ張り、タイトル争いでも先頭に立つかもしれない。
恩師は、本人の努力だけで今の立ち位置があるわけではない、と語った。「彼は、人に恵まれていると思います。これだけ故障が多くても、中嶋前監督ら歴代の監督が使ってくださった。ケガが治るのを待ってくれた」と中村監督は言った。ただ、ケガさえ治れば使いたい、と思わせたのも太田の力だろう。【堀まどか】




