働き方改革と指導者の思いは、複雑に交差している。安田学園(東京)の会田勇気監督(28)は「うちの学校のシステムは充実しており、僕は恵まれた環境で野球の指導ができています。でもその半面、教員としてもっと指導したい、練習したい…。そんな歯がゆさがあるんです」と、正直な胸の内を明かした。

20年秋から監督に就任した安田学園・会田監督(撮影・保坂淑子)
20年秋から監督に就任した安田学園・会田監督(撮影・保坂淑子)

安田学園は13年センバツ出場を果たし、巨人阿部慎之助2軍監督の母校としても知られる。19年4月から文科省と企業が取り組む「働き方改革」の両方をうまく取り入れ、独自の就業規則を定めている。定時勤務は、休憩時間1時間を除く午前8時から午後5時までの8時間。残業は月42時間と決められ、野球部の練習時間のほとんどは残業扱い。練習、または練習試合、公式戦がある日曜祝日は休日出勤に数えられる。42時間を超えた残業時間と休日出勤の時間は振り替え休日として取らなければならない。会田監督は社会科の教諭で、週に17時間の授業を持つ。野球部の監督職を配慮され、火曜日から金曜日に授業を組み込まれ、クラス担任は持っていない。そのため、月曜日は「研究日」として休み、超過分の残業時間は、平日の授業の空いている時間や土曜日の午前中などに振り分けて消化している。

バランスが求められている。会田監督の父も教員で、現在も運動部の顧問と担任も務めている。小さいころから忙しく走り回る父の姿を見て育った。いつも家にいない父に対し「大変な仕事だ」と思う半面、生徒指導に生き生きと働く姿は教員を目指すきっかけとなった。しかし、現実の自分はどうだろう。恵まれた環境に、わずかばかりの葛藤を抱える。安田学園は校舎とグラウンドが車で約1時間と離れているため、クラス担任との両立は難しいのが現状。練習時間も限られているだけに「どちらも中途半端に思える。忙しくてもいい。教員として担任を持って一般生との関わりも作りたい。でも今は、与えられた職務をバランス良く全うすることに力を入れています」と前向きに捉えている。

月曜日の休みは1週間分の授業準備に充て、平日は選手と向き合う時間を増やした。野球ノートで交流を図り、練習内容を熟考。最近は進学指導にも力を入れ「勉強も学校のこともしっかりやった上で甲子園に出ることに価値がある」と、選手たちを高みに導く努力を惜しまない。

野球部も時代に合わせ変化していく。会田監督は、将来的には練習時間も削減し選手の休みも増やした上で、結果を残したいと考えている。「働き方改革は時代の流れ。その中で『練習ができない、勝てませんでした』ではなく、この流れの中でこういうことができます、やれますと見せたい」。働き方改革の中で、バランスを取りながら新しい指導を模索している。

      ◇     ◇

今回の「働き方改革」の取材で、全国いくつかの高校にリサーチした。ほとんどは「できるわけがない」「そんなことやっていたら勝てない」という答えが返ってきた。中には、働き方改革への取り組み校が0の県もあった。「野球が好きで練習は苦ではない」という指導者もいれば「甲子園を目指してうちを選んできてくれるのだから、指導者もその思いに答えたいから休みはとらない」という強豪校もあった。その一方で、地方の学校には現場の指導は監督1人という、休めない現状もある。「働き方改革」とは名ばかりで、制度と現場の矛盾を感じた。

安田学園の会田監督は、現場の葛藤に戸惑いながらも新しい教員像を模索していた。最初から「できない」とあきらめず、新たな社会に対応した高校野球へ。道のりは険しくとも、その価値は大きいはずだ。【保坂淑子】

(この項おわり)