鳴尾浜球場へ向かう道すがら、いつも立ち寄るコンビニで日刊スポーツを購入。一面トップの見出しを見て自分の目を疑った。掛布退任へ-。ビックリするような大きな活字が目に飛び込んできた。普段なら球場に着いてから、じっくり熟読する新聞をまさかの紙面に早速、車の中で広げて読んだ。退任の理由が金本体制3年目へ勝負のテコ入れだと言うから、なおさら疑問が膨らんだ。阪神OBの1人として2年間、2軍監督の動きを、私なりに追ってきたが、その情熱的な指導は頭の下がる思いだった。これでは、まるで優勝を逸した責任をとらされた感がしてならない。

 生え抜きである。何年も打線の軸として4番を張ってきた。85年唯一日本一に輝いた年の立役者。チームへの貢献度からしても球団は、こんなに簡単にユニホームを脱がせてもいい人材なのだろうか。私にはそうは思えない。1度は絶対に1軍で指揮を執らせるべき人だと思っている。抜群の人気はさることながら、無名の選手からミスタータイガース、球界のスターにまで上り詰めた練習量。苦労してきたからこそわかる選手の気持ち。指導でも決して上から目線で強制しない。選手と同じ目線にまで下がって若い選手にわかりやすく解きほぐしている姿をよく目にした。

 なぜ世代交代なのか…。若手が全く成長していないのなら別だが、金本監督とタッグを組んで若手の生え抜き選手育成に力を注いできた。その間、若い選手が1軍で活躍するまでになった。昨年は高山が新人王に。北條、原口が1軍に定着した。今年も中谷がチームトップの19ホーマーを放ち、大山がペナントレースの勝負どころで4番に抜てきされるまでに成長した。若手は着実に育っている。フロントはこういう状況時の判断は非常にむずかしい。そのひとつがチームを含めた組織のテコ入れだ。

 今回の問題にしても、若手が1軍で起用できる、ある一定のレベルにまで成長した。当然より以上の戦力を期待して鍛えていくが、ここからというもの1、2軍首脳陣のコミュニケーションを含めた共同作業がなければ平均レベルの一線をクリアするだけの力はつかない。レギュラー確保は技術の向上だけでは無理。ゲームにはいり込むために1軍の実戦体験で得た洞察力や、あらゆるプレーの状況を読める判断を身に付けてはじめてひのき舞台でファンに注目される。要するに1軍だけでとか、2軍だけでは一定のレベル以上の選手は育たない。今回の阪神、この状態で、この時期に、この判断はあまりにも中途半端で残念だ。

 ミスタータイガース。やっと帰ってきたと思ったら早くも退任する。私はフロントマンだったが一緒にペナントレースを戦ってきた選手だっただけにやはり寂しい。62歳、確かに若くないが野球が好き。タイガースが大好きな男なのだ。野球への情熱はいまだに衰えていない。復活をかける江越とのマンツーマンの練習は延々と続いている。もう1カ月以上になる連日の特訓。掛布2軍監督、ファームの若手指導を「我慢と情熱」が必要と語っていたが、この2人を見ているとまさにその通り。情熱なくしてできないことだ。9月10日。鳴尾浜球場のファンが殺到した。同球場史上最速となる午前10時5分に入場規制が出た。試合終了後には来場したファンの希望者にサイン入り千社札を一人一人に自分で手渡した。掛布らしい残した言葉を2、3拾ってみた。

 (1)たくさんのファンの皆さんが来場してくれました。ファンの方々の目が選手を育ててくれました。

 (2)若手が1軍で活躍してくれたりとか、充実した4年間でした。

 (3)“31”をつけてくれた、これだけの多くのファンの方々が球場に足を運んでくれました。31番という背番号に感謝しています。

 背番号は選手の顔。平凡だったタイガースの31番を輝かせたのは選手。掛布の大活躍だった。果たして同監督以上の情熱を持った首脳陣があらわれるか…。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)