チーム作りの原点というポジション。初めての体験だ。プレッシャーのかかるポストへの配置転換。さぞや、と思いきや「楽しい。と言ったらいいんですかねぇ。こんな偉そうなこと言ってたらいけませんが、一度やってみたかったポストですので、毎日が充実しています」。

 意外な返事は、今季からファームの指揮官に就任した阪神矢野燿大2軍監督である。ウエスタン・リーグ、6月4日現在30勝19敗4分。2位ソフトバンクに4ゲーム差をつけてトップ。事が順調に進んでいる証しだ。

 勝敗は二の次にして、チームをよーく見渡してみると、ウエスタン・リーグ開幕当初(3月16日)はファームの試合に出場して必死に1軍を目指していた選手が、結構いなくなっている。要するに1軍へ昇格したからで、植田がいない。伊藤隼、江越、板山、長坂、中谷、熊谷、そして最近になって北條、陽川が上がった。そうそう、一時期は大活躍。残念ながらいまは故障で休養しているが、上本もいた。

 はたしてこの一連の入れ替え、1軍にどんな変化をもたらしたか。現在は勢いに乗れないままでいるが、故障前の上本の活躍は、若い植田との快足コンビを組み、両選手が持ち味を大いに発揮。足を生かしてチームの勝利に貢献。全く走れなかったチームの活性化を図った。ファームから昇格した若手のアピールは、断然最下位だったチームの盗塁数が、いまや各チームと方を並べるまでに至っている。これって、監督がうち出した積極性が浸透してきた“矢野マジック”…。

 ピッチャーも頑張っている。小野は昨年すでに勝ち星をあげているが、新たに高橋遥、谷川、才木がデビューした。これは金本監督の若手を積極的に起用する方針によるところはあるが、期待に応えるピッチャーは虎の穴で鍛えられ、1軍で通用することを確認したうえで推進しているからだ。「自分自身が、今一番できていないのはピッチャーとのコミュニケーションなんですよ。野手とは試合後のミーティングでこちらの考えを伝えることはできていますが、ピッチャーは別のところでやっていますので、どうしても機会がなくて。自分はキャッチャーをしていましたし、捕手目線の考えもありますので。これからは手掛けていきたいと思います」とやる気十分だ。

 「みんな手を抜くことなく前向きで頑張ってくれています。ツヨシ(西岡剛)なんかもいま下に降りていますが、ベンチでよく声を出していますし。若い選手なんかともよく話していますので、若い人にはいい勉強になっていると思います。走ることなんかでも若手が見習ってくれたらいいですね。シーズン前から選手に伝えてきた積極性も浸透しています。走塁を見ていても、ひとつでも先の塁を狙っていますし、一塁への全力疾走も、自分で言うのもおこがましいかもしれませんが、広島さんなんかよりもできていると見ています」

 矢野監督である。ファームはチーム作りの基礎。目指すはプロフェッショナル。打って、走って、守って、投げる。厳しい練習と実戦で身につけた高いレベルの技術を持続できるまでになって、はじめて“プロフェッショナル”として認められる。すなわち、基本プレーをしっかりと体得し、とっさのプレーにも体を本能で動かせるまでに鍛えておけば、ひとつ、ひとつのプレーにスムーズに体が反応するようになる。高度なレベルに到達するまでの過程は、汗と泥にまみれた厳しいものだが、練習はうそをつかない。選手をここまで鍛え上げ、ひのき舞台に導いてやるのも指導者の役目のひとつ。

 同監督は現状を「やっぱり、勝てばベンチのムードは盛り上がる。現時点では順調にきています」と見ている。勝つ喜びを味わう。勝利は気持ちのうえで気分よく練習に取り組めるし、乗っていける。選手は自分との闘いだ。すべての好循環は技術の向上をより一層高める。何事も、こうありたいものだが、思い通りに行かないのがこの世界。我慢と根気。ファーム指導者の必須条件である。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)