サウナ付きの銭湯に2日に1度通っている。入浴料は640円。それで2時間近く滞在できる。サウナで整って、阪神ファンのサウナーとの野球談議。これが楽しくて仕方ない。

サ道と阪神ファンには共通点があるようだ。我慢して、汗を流し、水風呂に入ったあとはまた我慢の時間。阪神ファンも辛抱を重ね、何とか整うように、最後は前を向く。「まあ今年は優勝をあきらめた。ただCSがある。そして何より来年がある。この終盤、本当に来年が楽しみといまから思わせてくれている」。阪神ファンのサウナーはそう叫ぶ。

ここにきて監督・矢野の評価が急上昇している、と僕は感じている。岸田政権の支持率が大幅下落しているのとは対照的。なぜ? 来シーズンに大きな希望を持てるよう、足場を固めている。それが矢野の評価アップにつながっている。

特に先発投手陣の世代交代計画。8月28日の名古屋での中日戦。矢野が繰り出したのが高卒ルーキーのドラフト1位、森木だった。矢野の最終兵器。順位争いの大事な試合に大胆な起用。今年限りで辞める矢野ならではの用兵だった。

先に結果を書く。記念すべきプロ初登板は敗戦投手になったけど、5回まで1安打に抑えた圧倒的なピッチングは、来季に夢を持たせる初陣となった。

この日の森木に加え、矢野の超若手先発の登用は、彼の立場だから可能になったと思っている。西純に才木。そして復活が見えてきた藤浪の連続好投。これは順位にこだわっていたら、実現しない起用法といえる。

藤浪に西純、才木に森木…。若いし魅力が詰まり切っている。そこに青柳、伊藤将。左腕が少ないかと思っていたら、ファームで及川が先発テストに入った。この先発ローテーション。下手に外国人を入れる必要はないし、セットアッパーの浜地、湯浅。若い投手がつらなり、あとはクローザーをどうするか。これで来季に臨むなら日本一若い投手陣の誕生となるのは間違いない。

8月28日を終え、残りは22試合になった。4番、5番の守備位置の問題で、批判的な論調が多いけど、こと投手陣に関しては「矢野遺産」の完結間近。任期が残っている監督ではとても実現できない用兵を、最後の最後に繰り出している。来季にこれが直結すれば、矢野の功績として、後々に語り継がれるだろう。

2003年、星野仙一はリーグ優勝へ導いた。大胆な血の入れ替えを断行し、金も使って骨太のチームを作った。だが、その裏側で星野はこう語っている。「これができたのも、それまでの道筋があったから。ノムさん(野村克也)の苦労があったから、いまにつながった。それを忘れてはいけない」。

2005年の優勝監督、岡田彰布も同様のことをつぶやいていた。「長い間、時間をかけてつないできてくれた先輩たちがいたから、いまがある。暗黒時代を経て、野村さんが基礎を作ってくれ、星野さんが形にして、それを我々が受け継いだ。優勝なんか、簡単にできるもんとちゃう。歴史の積み重ねがあって、ようやくそこにたどり着くもの」。しみじみと語る岡田の姿を思い出す。

その2005年を最後にタイガースは優勝とは縁遠くなった。今年逃せば17年になる。その間に真弓、和田、金本、そして矢野…。残した財産は花開くことはなかった。しかし、いつか実をつけなければ虚しさしか残らない。

今回、矢野は間違いなく、投手陣の世代交代、活性化に成功した。順位には反映しなくても、阪神ファンに大きな夢と希望を残す。これは間違いない。

「そら矢野の采配には首をかしげることは多かったし、納得はしていない。ただファンはね、何かすがるものが欲しいんですわ。それを矢野は残してくれた」。藤浪からスタートして、才木、西純、森木、伊藤将に青柳。そこに及川だったり、故障が治れば高橋遥がいる。「これで来年に希望がつながる」とサウナの中で阪神ファンは笑っていた。

あとは…、これをどう引き継ぐか。矢野が残そうとしている遺産を生かすも殺すも、新監督次第。それは誰? って、知らんけど。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)

中日対阪神 6回裏中日2死三塁、森木(右)は岡林に右前先制適時打を浴びる(撮影・上田博志)
中日対阪神 6回裏中日2死三塁、森木(右)は岡林に右前先制適時打を浴びる(撮影・上田博志)