秋のキャンプ、そして2月の春キャンプ。岡田彰布のホテルの部屋には必ずホワイトボードが用意されている。

そこに記されているのは投手陣の日々の投げ込み数だ。

キャンプに参加している全投手陣の球数の推移がひと目でわかるようにしている。どの監督も同じようにしていると思うが、岡田は特に日々の投げ込みにこだわりを持っている。

「誰が少なくて、誰が多いか。それを知りたいからね」。

ただ球界も大きく変化している。当たり前が、当たり前でなくなる練習法がある。それをメジャー仕様と呼ぶのか。球数制限、連投回避、酷使を避ける…。投手生命を考えたピッチャーファーストの考え方は日本でも主流になっている。

岡田はボードを見ながら、つぶやく。「昔はホンマ、毎日、バンバン投げ込むピッチャーがいたんやけど」。その代表的な投手が久保田だった。

岡田が久保田にほれたのは、この投げ込みで培った肩のスタミナ。そしてメンタルのタフさだった。「長いシーズン、ずっと投げるには、それに見合った肘、肩の強さが求められる。それを身につけるのがキャンプでの投げ込みなんよ。それができなければ、1年はもたない」。岡田は持論を曲げなかった。

2005年、久保田はクローザーに抜てきされた。藤川球児、ウィリアムスがいる中、なぜ久保田を最後に? 連投がきくし、延長に入っても2、3回なら続投できる。あの馬力があれば、と考えたから」。2005年のリーグ優勝に久保田は大きく貢献した。

その後、ポジションが変わり、セットアッパーになった2007年。久保田はとんでもない記録を作った。このシーズン、144試合制で、なんと90試合登板というシーズン最多登板の日本記録を樹立したのである。

このデータを見て、あの当時のファンや関係者は「使いすぎ」「酷使」「投手のことを考えない起用法」と、岡田を批判する論調が起こった。

あれから15年が経った。基本的に岡田の考えは変わっていない。しかし時代の流れも理解している。「すべて否定していないし、逆に肯定していくことも頭にある」と柔軟になったことを明かしている。

まだまだ投手陣の構成を決めていない。先発、セットアッパー、クローザー。さらに僅差、負け展開でのリリーバー。これらを今後、個々のタイプをにらみ、構築していくのだが、やはりキャンプでの投げ込みには、岡田はこだわっている。

そこで重要な役割を果たすのが投手コーチだ。安藤と久保田。彼らがファームから1軍に上がってきた。2人とも現役時代、投げ込みを多くしてきた代表的な投手だった。多く投げて、スタミナをつけることの重要性を、身に染みて経験してきた。だから投手陣へのアドバイス、指示は具体的で説得力がある。

最近、岡田は「久保田が」「久保田に」と、久保田の名前をよく出す。「オレが言わなくても、久保田がちゃんと言うやろうし」。リリーフで一時代を築いた男だけに、岡田は久保田の経験値を貴重に思っている。

年間90試合を投げたことが酷使だったのか。それによって投手生命を縮めたのか。かつて藤川球児に10連投させたなど、確かに無理をさせたことがある。しかし送り出された投手は意気に感じ、そして勝つために、疑念を持たずにマウンドに上がった。

でも、それは今の時代にはそぐわない。ヤクルト、オリックスの両リーグの覇者は、投手陣の起用法が卓越していたとの評価を受けている。連投を極力避け、タイミングをみて休養を与える。無理使いはしない…という方式を守り、長いシーズンを乗り切った。

「いまはそういう野球が主流。そらオレも考えるよ。昔の野球とは大きく違っているわけやし」。ただ先にも書いたが、キャンプでしかできない投げ込み量を増やすことには、こだわり続ける。

久保田の報告を受け、岡田の監督部屋のボードがにぎやかに記される。安藤、久保田という投げ込みでの成功者に、岡田は期待を寄せている。(敬称略)【内匠宏幸】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)

ブルペンで投球練習を見守る岡田監督(撮影・上田博志)
ブルペンで投球練習を見守る岡田監督(撮影・上田博志)