1977年に関東第一を卒業し、評論家になりはじめて母校の試合を甲子園で見ることができた。試合は負け、校歌は聴けなかった。それでも、試合後にグラウンドを引き揚げる関東第一に、スタンドからは大きな拍手。胸にじんと染みる光景だった。

OBとしては勝てなかったが、いい試合だった。両左腕の好投で幕を開け、好守ありの投手戦。ほどよい緊張感が流れ、1球1球に集中できる試合となった。

私は8回裏、関東第一の攻撃に、これから夏に向けより一層励んでもらいたい課題を見た。同点の無死二塁。4番高橋徹平内野手(3年)の打球は遊安。竹田智紀(3年)が飛び込むもはじき適時打となり勝ち越した。高橋は二塁に進み、なおも無死二塁。

ここで5番熊谷俊乃介捕手(3年)は遊ゴロ。打ってチャンスを広げたいのはわかる。高橋の遊安に続く気持ちもあったのだろう。ただ、ここで学ぶべきは、終盤の1点は試合が決まる1点になり得る、ということだ。

無死二塁なら、最低でも進塁打で何とか1死三塁にしたい。その後に点が入る入らないは別にして、三塁に走者を進めることが、相手バッテリーに最大のプレッシャーを与える。それが、勝利を引き寄せる「流れ」につながる。2点差にできず9回に追いつかれ、タイブレークで敗れた。

八戸学院光星は10回から2番手の左腕岡本琉奨(3年)が、厳しい場面から登板。球審も10回から交代する極めて珍しい場面だった。対して、関東第一は1点差を予期していたのか、8回に先発の左腕畠中鉄心(3年)から右腕坂井遼(3年)に継投し、いい流れだった。

関東第一は再三、堅い守りも、最後は三塁高橋の悪送球で崩れ、接戦を落とした。4番として内野安打1本は満足していないだろう。守備も含め、さらに力をつけて夏に臨んでほしい。

延長10回表が始まる直前、関東第一の熊谷捕手は、5球目の投球練習時に、しっかり三塁に送球。二塁走者の三進を想定した、準備への意識の高さを感じた。一方、接戦を勝ちきった八戸学院光星の粘りが光った。先発左腕洗平比呂(3年)の156球の力投は見事だった。

母校の勝利を見たかったが、こうしてセンバツの開幕カードでプレーする後輩たちの試合を解説できるのは、本当にありがたく感じる。見応えある試合をした両チームの今後の健闘を祈りたい。(日刊スポーツ評論家)

八戸学院光星対関東第一 八戸学院光星先発の洗平比呂(撮影・石井愛子)
八戸学院光星対関東第一 八戸学院光星先発の洗平比呂(撮影・石井愛子)