感動した。1人の高校生に感動した。心震えた。

日本列島のほぼ東の果て、北海道・別海高校。21世紀枠でのセンバツ出場なるか。26日に運命が決まる。そのちょっと前、22日と23日の練習にお邪魔した。

23日の練習前、島影隆啓監督(41)とネット裏の小屋で話した。個人的な趣味のことを少しだけ雑談していたから、私は笑っていたかもしれない。

小屋の後ろの窓ガラスを、大きめな男子生徒の影が横切る。選手ではない。坂野下瑛太マネジャー(1年)。前日22日に少し、話を伺っていた。

「コン、コン」とノックして入ってくるのかなと思った。彼は来ない。気にしつつ島影監督への取材を進める。10分くらいした。一瞬の間ができた。「コン、コン」と今度こそ。「失礼します」と坂野下マネジャーが入ってきた。

何事もなかったかのように自分の仕事を進める。聞いてみる。

「もしかして…待ってくれてましたか?」

「…はい」

「えーっ。寒いし、入ってくればよかったのに」

「(取材を)録音してるかなと思って、他の音が入っちゃったらあれかなと思いまして…」

昨今の記者は、スマートフォンの録音機能などを使って、取材の様子を録音することが割と普通になっている。一言一句、活字で再現できるので、人となりを表現しやすくなった。私も重宝している。

それはさておき。16歳の高校生が「録音に他の音が入らないように」と考えるのがすごい。

「最近、取材を受ける機会が多くなって、記者の皆さんはよく録音しているので。軽い雑談なのか本格的な取材なのか分からなくて、どのタイミングで行こうかなとずっと…」

だから坂野下マネジャーは小屋の外で待っていた。氷点下5度。前日朝は氷点下20度近くまでいったというから、別海町民にしては普通の寒さなのか。でも寒いものは寒い。それなのに彼は10分近く、会話の途切れを待っていた。

大きな声では言えないけれど、囲み取材のすぐ近くで大声で話すような大人だっている。16歳なのに“気遣い”が分かる粋な彼が出す音なんて、きっと全く監督取材に支障はなかっただろう。でも、彼は氷点下で立っていた。

「できるだけ他の人に迷惑をかけないというか、自分の性格上、あまりリスクのあることはあまり挑戦しないので。学校でも近くでスマホいじってる人とかを見る時もあるんですけど、それ自分がやって、もしばれたら怖いなと思って」

臆病、とは少し違う。中学時代は「先輩みたいなリーダーシップに憧れて」と生徒会長に立候補し、当選したこともある。

「ポジティブなこと、自分の成長につながっていくような挑戦はしたいなと思ってはいます」

人間の8倍もの牛がいる酪農タウン別海で、彼の父も牛の削蹄(さくてい)師をしている。父と一緒にいろいろな牧場を回ったこともある。跡継ぎになるつもりは今のところない。

「大学には進学したくて。でもどこの大学とか、将来何をしたいとかは未定で。これから見つかっていけばいいなと思います」

体力に自信がないから選手はあきらめた。それでも野球が好きだからマネジャーになった。年に1回、札幌に応援に行く。日本ハムファン。でも西武佐藤龍世内野手(27)が近隣の厚岸町で育ったこととかもちゃんと知っているくらいの、熱いプロ野球ファンだ。

そんな彼も、もしかしたらマネジャーとして甲子園に行けるかもしれない。中岡真緒マネジャー(2年)藤倉梨緒マネジャー(1年)とともに祈りながら、支える仲間たちが26日の選考委員会で選ばれることを祈っている。

「阪神の試合とかじゃなくて、自分の高校の試合が出るから行けるっていうのはすごいなと…」

物腰は低いけれど、夢はとても朗らかに口にする。生徒会長に立候補した時よりももっと、人生、変わっちゃうのか。

「マネジャーという形であっても、甲子園に何かしらでかかわれるってことはまずないことなので…もし選んでいただけたら、僕たちもたくさんいい経験積めるんじゃないかなって思っています」

失礼します-。自分の用事を済ませた後、2人分のコーヒーをいれてから、彼は小屋を出た。グラウンドに入る時、また深々と頭を下げていた。【金子真仁】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)