記者1年目。先輩のアドバイスをできる限り実践している。

ロッテ、西武を担当し、11月からアマチュア野球担当になった金子真仁記者が直属の上司となった。

金子記者のモットーは現地「一番乗り」。まだ自分がこの教えを実践する前のことだ。

以前、ある選手がこう話していた。

「試合後に『今日良かったな』って記者の人が話しかけて来てくれるんですけど、正直誰が誰かわからなくて…。『ありがとうございます!』って言うんですけど、なかなか覚えられないんですよね」

これが選手の本音。金子記者は「ちょっと早く来て『あの人いつもいるな』と、覚えてもらうために何かしら印象を持ってもらえたら良いよね」と話していた。これが金子記者の言う「一番乗り」の意味。これが足で稼げる信頼関係の1つなのかもしれないと感じた。

次の現場ですぐに実践した。法大の練習始めに一番乗りで到着。グラウンドへ案内してもらうと、Aチームの選手たちが元気良く練習していた。1年生のマネジャーに説明を受けながら、端で練習を見ていた。

すると2人の選手が近くへ駆け寄ってきた。名前をハキハキと名乗り「20歳です! この前成人式を終えました!」とフレッシュな自己紹介をしてくれた。

今まで自ら駆け寄り、自己紹介をしてくれる選手とは出会ったことがなかったため、強烈なインパクトが残った。春から始まるリーグ戦、2人の選手がヒーローになったら。このときの話を絡めて、なにか記事にできないかと考えてしまう。

立大の練習始めも一番乗りで行った。この日は昨年9月に発覚した部内問題から再始動する「立大の新体制」が取材の肝。監督や主将に話を聞くことが大前提だったが、こんな出来事もあった。

あいにくの雨で、室内練習場での練習。扉を開けると、丸山一喜内野手(1年=大阪桐蔭)がダッシュを終え「こんにちは」と他の部員たちと一緒にあいさつしてくれた。丸山は大阪桐蔭時代に21年明治神宮大会、22年春のセンバツ、22年国体で3冠を達成。同期にDeNA松尾汐恩捕手(19)、1学年下にソフトバンク前田悠伍投手(18)などタレントそろいの世代で4番を任されていた。

唯一制覇できなかった22年夏の甲子園。準々決勝で敗れた下関国際(山口)戦について「いや~。本当に悔しかったですね…」と冷え込んだ室内練習場からあの夏を思い出す。対戦した現駒大の仲井慎投手(1年=下関国際)との交流を聞くと「そんなに話をしているとかはないですけど、今度駒大と2月にオープン戦でやるので、そこで会えたら楽しみですね」と笑顔を見せた。

立大では春季リーグからベンチ入り。主に代打で登場し、秋には法大戦でリーグ初安打をマーク。木村泰雄新監督(62)も期待している。

昨年の部内問題発覚を受け、12月から約1カ月間思うように野球ができない時期もあった。この日久しぶりに全体練習を行った部員たちは「待ってました」と言わんばかりの表情で、体を動かしていた。皆キラキラと目を輝かせ、丸山も「まあ、こっからじゃないですかね!」と明るく話していた。

大学野球の面白さの1つに、甲子園を湧かせた選手たちの「今」を追えることもあると思う。

かしこまった取材よりも何げないやりとりで、やっと“らしさ”が垣間見える。その瞬間をつかまえられるように。上司の教えである「一番乗り」を継続していきたい。【佐瀬百合子】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)