5年前のセンバツ王者は今春、社会人野球の道に進む。東邦(愛知)の1番打者で関西学生2季連続首位打者の同大・松井涼太外野手(22)は都市対抗16回出場の東邦ガスに入社する。同社には同期に19年夏の優勝投手で早大・清水大成投手(22=履正社)や昨年までヤクルトでプレーしていた吉田大喜投手(26)が在籍。記者は、この春初めてセンバツの取材に赴く。松井に、高校時代と今を重ねながら聞いてみた。

松井は19年の東邦で同校5度目のセンバツ優勝に貢献。チームメートには、同じく今春社会人野球のトヨタ自動車(愛知)に進む早大・熊田任洋内野手(22)や当時主将の中日石川昂弥内野手(22)がいた。聖地で歓喜の輪を作り、指揮官を胴上げした。石川を筆頭に特別な思いを胸に秘め「優勝しよう」と声をそろえていた。

当時の監督の森田泰弘氏(64=現総監督)は腎不全を患い、治療に専念するため指揮官が3カ月ほど不在で練習が行われた。「2年冬に、監督さんは奥さんから腎臓を移植していて。奥さんに『最後の甲子園になるかもしれない』と昂弥たちが言われていたから『絶対優勝しよう』と」。病魔を乗り越えた監督の姿が、聖地にあった。

厳しい練習に加え、頂点を目指しながら指揮官のいない時間に結束力を深めた。願いを声にした高校野球生活。その経験は、同大進学後に結びついた。

大学野球での目標を書こうと考えた。帽子のつばやヘルメットの裏に書くのは恥ずかしく、松井はベルトの裏側にペンを走らせた。「そこに首位打者って書いて。無縁だと思っていたけど、有言実行は意味があると高校で昂弥たちと学んだ。その思いで臨んで達成できたし、言葉にするのは意味があると思います」。一時は、バットを見ることもいやとスランプに陥る時期もあったが、同大の花野巧監督(70)の言葉を信じた。「『感覚をつかんだもん勝ちや』と。花野さんに出会えてよかったです」。

徐々に出場機会を増やし、3年春にリーグ初本塁打をマーク。4年春は4割6部7厘、3割7部5厘で2季連続4番で首位打者とベストナインを獲得した。

大学卒業後は、望んでいた地元・愛知でプレーできる。5年前、共に優勝を味わった同期は、今春独立リーグや愛知の社会人野球で5人ほど選手のキャリアを継続する。松井が特に意識するのは、早大からトヨタへ進む熊田だ。二人は、大学4年時に大学日本代表候補合宿に参加。そこで、熊田の意識の高さが目についた。「練習のアップの前からほかの人より早起きして、『体に張りがあったらいや』と体を動かしてストレッチをしていて」。年末には熊田と高校の先輩DeNA林琢真や同郷のロッテ上田希由翔と練習。「クマは何にも思っていないだろうけど、クマが頑張っているし僕も頑張ろうと。トヨタには勝たなきゃいけないですけどね」。

松井は現在、一足早くチームの練習に合流している。同社の先輩たちの練習姿に、これまでにはない新鮮さと丁寧に練習に向き合う姿を間の当たりにした。「今までは野球をやらせてもらっていた立場。これからは、プレーや行動の中に根拠や責任を伴って野球をやらないといけない立場」。

高校時代の仲間との栄冠が、その後の野球人生への意識につながった。大学で2度つかんだ「首位打者」を自信に、社会人野球での決意を固めた。「個人としてはまず若獅子賞を獲得したい。チームとして(昨年)2大大会を逃していた。僕が加入して起爆剤として出場したい」。

激戦の東海地区の出場予選を制することが第一関門になる。東西の大舞台で快音を響かせ、躍動した姿を取材する日が楽しみだ。自分も日刊スポーツで仕事をすることを夢見て、口にしていた社会人1年目を思い出している。【中島麗】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)