「監督は即効性がなければいかんのや」。そう聞いたのは近鉄、オリックスで監督を務めた仰木彬の口からだ。94年、イチローらを擁したオリックス黄金時代をつくる直前にそんな話を聞いた。

プロ野球開幕前、球界で最大の話題だった「イチロー引退」。そこでイチローが恩師として仰木の名を出し、思い出した。一時は阪神監督にも名前が挙がり、実現こそしなかった平成の名将だ。

「即効性」。つまり監督が代わったことでチームが変わり、選手の意識が変わり、結果として、これまでと違う成績が出る。仰木はその持論通り、それまで3位には入るが優勝争いに加われなかったオリックスを一気に優勝争いできるチームに変え、さらにリーグ連覇まで果たした。

金本知憲から矢野燿大へ。阪神は指揮官が代わり、新たなシーズンが始まった。しかしこれで強くなると思っている人はどれだけいるだろう。冷静なファン、何度も裏切られてきた虎党は、内心、こう思っているかもしれない。監督が代わったから、なんやねん。選手が同じなら大きく変わらんやろ。それが真実という部分もある。

だが監督が代わって、少なくともムードを変えることはできるかもしれない。勤め人も上司で変わる。話のできそうな人と、何を言ってもあかんな、という人とでは仕事も違ってくる。矢野は対話路線を取り、選手と話し、自分で考えようという方針でここまで来ている。乱暴にいえば昨季までの金本がスパルタ流だったのに比べ、今風のスタイルを続けている。

しかし「ぬるま湯」と言われがちな阪神。昨季は最下位に沈んだ。今、それでいいのか、という思いもしている。だけど「なるほど」と思う瞬間がこの日、あった。

ヒーローになった鳥谷敬だ。延長11回、代打で出ると、もう少しでサヨナラ弾というフェンス直撃三塁打を放ったのは虎番記者の記事にある通り。ここで書きたいのはベンチに帰った鳥谷の顔がよかったということだ。

うれしそうで、悔しそうで。心からの笑顔がはじけていた。あんな鳥谷の顔を見た記憶はない。内面からあふれ出す喜び、活気。それがチームが鳥谷に求めていたものだとすれば、矢野は自分のやり方でそれを表面に出させることに成功したといえる。

相手ミスによる辛勝だ。それでも勝った。ベンチの雰囲気、明るそうやね。矢野にそんな声を掛けてみた。「ん~、そう?」。軽く返すだけだったが勝敗同様、こんなムードを保っていくのも矢野の仕事だ。(敬称略)

阪神対ヤクルト 11回裏阪神1死三塁、サヨナラ勝ちにつながる三塁打を放った鳥谷(手前)は、ナインにボトルを持って追い掛けられる(撮影・前田充)
阪神対ヤクルト 11回裏阪神1死三塁、サヨナラ勝ちにつながる三塁打を放った鳥谷(手前)は、ナインにボトルを持って追い掛けられる(撮影・前田充)