日米球界で活躍したイチローはサイクル安打を記録していない。オリックスでも大リーグでも、だ。あれほどのレジェンドにすれば不思議な気さえするが事実だ。そのサイクル安打について彼が言ったことを覚えている。210安打でブレークした94年のことだ。

同年、近鉄の中村紀洋がサイクル安打を記録した。イチローと中村はチームこそ違うが高卒入団で同学年、同じドラフト4位とあってよく話す仲だった。中村が達成した日にイチローにその感想を聞いた。

「へえ~。すごいですね。サイクルは三塁打がカギなんですよね。ある程度、足が速くないと難しい。それをノリがね」。けっして俊足ではなかった中村の達成について、そんな風に苦笑し、祝福したものだ。

そこで「大山悠輔はもっているのか。もっていないのか」という話になる。この日、単打さえ出ていればサイクル安打だった。2回、先制のきっかけになる二塁打を放つと3回には勝ち越し三塁打。ダメ押し本塁打まで出た。勝利直結の猛打賞で4番の働きだった。

特筆すべきは三塁打だ。広島の左翼・長野久義が照明を気にしたのか、体を投げ出すような形で大山の打球をそらした結果だった。

そこでイチローの言葉を思い出した。正直、大山はさほど俊足ではない。外野の間を破る三塁打は簡単ではないだろう。それなのに3回までに二塁打、三塁打ときた。「これはあるぞ」と思っていた。

結局、一番イージーと思われる単打が出なかった。記録のためだけに打っているわけではないし、チームが勝てばいいのだが、大山のサイクル安打で連敗脱出となれば大いに盛り上がったのにと少し残念だ。

もっているか、否かの差は何か。これまでの取材で、1つの答えはメンタルだと思っている。メンタルの強くない人間が「もってるね!」という状況には、まず、ならない。

そこで大山はできる限り三塁で起用してほしいと思う。内野手でもっともメンタルが要求されるのは三塁手と聞いたことがある。サードは強い打球が飛んできて失策と隣り合わせだ。ミスが出ても平然とプレーすることが重要。それでメンタルが鍛えられるのだ。

ボーアへの代走などで大山は試合終盤、一塁へ回ることも多い。兼ね合いもあるのだがさらなる成長のため、試合終了まで大山にホットコーナーを、と思う。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)