おもろいやっちゃで、テルは…。虎党の間ではそんな会話が交わされたことだろう。9回に飛び出した値千金の決勝11号ソロ。佐藤輝明の1発にはゾクッとさせられた。ウィルカーソン、岩崎優の力投があってこそだが、やっぱり最大のヒーローだろう。

最初に仰天させたのは4回だ。1死三塁から完全試合男・佐々木朗希との2打席目の対戦は二ゴロ。ロッテは前進守備だったが三塁走者・中野拓夢はスタートする。当然、捕手に返された球で三本間に挟まれた。

挟殺プレーでアウトになる間に打者走者の佐藤輝が二塁へ…というのはプロなら普通の流れ。ところが佐藤輝はなぜか二塁をも大きく回った。これも二、三塁間に挟まれて憤死。なんとも妙な併殺となった。

これには指揮官・矢野燿大もガックリ来た様子。ベンチ前で首をひねり、ガックリする場面がモニターに映っていた。勝利後も「あれはダメ。2死二塁でいいんだから。あれは気持ちが行ったからということじゃない」と指摘した。もちろん虎党も同じだろう。自分の進む先で起こっている動きなのだから、誰がどう考えても「何やってんねん」というプレーだった。

こんなボーンヘッドを披露した上に佐々木の前には二ゴロの他にフォークボールで2三振といいところなし。並の選手なら意気消沈するところだ。それが土壇場9回に決勝弾。やはりスターになる素養を持っているということか。

「佐藤輝は三振しても『誰が三振したんだ?』というような顔でベンチに戻ってくる。それがいい」。こんな話をしていたのは阪神OBで球界のレジェンドである江夏豊だ。以前にテレビ大阪の解説をしていた際の感想だ。マウンドでのふてぶてしい態度が特徴だった江夏が言うのが面白く、記憶に残っている。

「前後際断(ぜんごさいだん)」という言葉がある。巨人などで活躍した桑田真澄や03、05年の阪神Vに貢献した下柳剛が好んだと記憶する。禅の言葉で「過去や未来は関係ない。今このときに集中しろ」というような意味だ。

野球はもちろん何ごとにも通じる言葉だろう。過去を悔いたり、先を心配したりするのは凡人にとっては普通のことだけど実は意味がないというのは真理だと思う。この瞬間に集中した佐藤輝の姿は心にとどめたい。ミスは繰り返してほしくないけれども。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)