元ロッテ選手が、新潟県内初の「元プロ」学校職員のコーチとして指導に励んでいる。投手と内野手としてロッテでプレーした飯田雅司氏(39)が4月に、昨夏ベスト4に進出した加茂暁星のコーチに就任した。同校の事務職員、選手寮の舎監(寮長)として勤務しながら、春季高校野球新潟県大会(28日開幕)に向けて、的確な指導をしている。

 加茂暁星の練習では、飯田コーチの明るい関西弁がグラウンドに響く。打撃投手を務めながら、的確なスイングをした打者に「ええよ」と褒め言葉。打ち終わった後に一礼を怠った選手には「ちゃんとやらんと」。メリハリのついた指示に呼応し、ナインからも掛け声が上がる。同校は昨夏4強の主力が全員残り、春も優勝候補の一角。押切智直監督(41)は「ここ2週間、本当に雰囲気が良くなった。飯田コーチが来て引き締まった」と“飯田効果”を喜んだ。

 飯田コーチは4月1日付で、加茂暁星の事務職員に就任した。2、3年生が生活する野球部寮に住み、舎監も務める。「一日中、選手と一緒なんです。新鮮ですよ」。2年前から外部コーチとして同校に携わってきたが、足を運べるのは月1回のペースのため、接点は試合のときだけだった。今は学校生活、練習、プライベートとすべてに目を向ける。指導しやすい分、「彼らが一生懸命に取り組める環境をつくらないと」と責任も感じている。

 敦賀気比(福井)の遊撃手兼控え投手として、95年夏の甲子園でベスト4。その年のドラフトでは投手としてロッテから3位指名を受けた。だが、入団後に肩を痛め、98年に内野手に転向。99年に引退した。

 引退後、会社勤めをしている時に当時同僚だった押切監督と知り合った。押切監督が加茂暁星に赴任後、外部コーチの打診を受けた。「もともと高校野球の指導者に興味があった」と、学生野球指導者資格は13年に取得。3月で一般企業を退職し、満を持して指導中心の環境に身を置いた。

 プロ、甲子園で培った実戦面の技術指導だけでなく、精神面のケアも重視する。寮には県外出身選手が15人おり、「孤独を感じていないか、常に目を配ります」。寮では選手と一緒に食事をする。テレビを見ながらリラックスして会話。「野球は真剣に、それ以外のところはフレンドリーに」と、プロで学んだメリハリのつけ方を実践中だ。

 常勤コーチとして最初のシーズン。「やるからには勝つ」。プロ生活でたたき込まれた意識は、選手に十分に伝えてきた。それ以上に「全力を出せるように後押しするのが役目」。選手を支える兄貴分として、春を迎える。【斎藤慎一郎】

 ◆飯田雅司(いいだ・まさし)1977年(昭52)5月19日生まれ、京都府出身。敦賀気比では94、95年の夏の甲子園に出場。ロッテで1軍出場はなく、2軍成績は投手(96~97年)で19試合に登板し0勝1敗、防御率5・51。野手(96~99年)では106試合に出場し打率2割2分1厘(32安打)、0本塁打、39打点。現役引退後は一般企業に勤務しながら、04年からボーイズリーグの麻生ジャイアンツ監督を務めた。家族は夫人と2女。