21世紀枠で初出場の富岡西は、「ノーサイン野球」で東海王者に堂々と渡り合った。

3回に1点を失うも、グラウンド整備明けの6回。1死一塁から5番安藤稜平外野手(3年)と一塁走者吉田啓剛内野手(3年)がエンドランを仕掛けた。打球は右翼前へ転がり一、三。7番木村頼知(らいち=3年)内野手の適時二塁打でチーム初得点が生まれた。この場面について、小川浩監督(58)は「バッターとランナーの連係。僕は(サインを)出してません。何もしてません」。この日、3度のエンドランに一、三塁からの重盗を狙った一塁走者の盗塁、外野の守備位置まで選手が自ら考えて、実行に移した。「ノーサイン」のプレーに小川監督は「選手たちが何をイメージしてやったのか分からない。聞いてみないと」と、楽しそうに話した。

約6年前から取り入れた。小川監督は「選手は自由な発想で考えてやるので、野球が楽しくて仕方ないと思う」と話す。実際、この野球を経験した生徒たちは「『面白い』と言って卒業していきますよ」という。

監督はベンチから戦況を見つめ、投手攻略などのアドバイスを送るだけ。あとは選手同士のサインと意思疎通で戦術が決まる。もどかしさは無いのかと問われると「選手が考えて『ここでこういうことやるか』という(驚きの)方が大きい。すごい発想やなと」。公立校で文武両道。甲子園の宿舎でも勉強の時間を設け、春休みの課題をこなした。小川監督は「(選手が)社会に出た時に、すごい生きるんじゃないかと思う」と語る。「今、(社会では)考える力が求められている。サイン通り動くというのも大切なんですけど、そればかりだと指示待ちになってしまう可能性がある。せっかく野球をやってるんですから、主体的に自ら動いてやっていくということを、子どもたちに覚えてもらって。社会に出た時に独創的な発想でいろんなところで活躍してもらいたい」。

象徴的なシーンもあった。3回、右打ちの9番粟田翔瑛捕手(3年)は左打席に入った。ベンチからは「何をやってる!」「間違ってるぞ!」と笑い声が飛んだ。粟田は「実は(左打席に)立ったことがないんです」。緊張から笑顔が少なかったベンチを盛り上げようと、自ら考えた。カウント1-2から右打席に戻り、6球ファウルを打った後、右飛に倒れた。それでも「笑顔が増えて声が出るようになった。それだけで意味があった」と振り返った。

小川監督は強豪との接戦に「間違いなく夏につながるという手応えは感じた。子どもたちが一生懸命、縦横無尽によくやってくれた」と笑顔を見せた。「ノーサイン野球」はまだ発展途上という。春夏連続出場へ「僕を含めて勘違いしないように。学校生活を含めて、しっかりした人間作りをしていきたい」と、将来をしっかりと見据えた。【奥田隼人】