城山の背番号21、山内拓投手(3年)は、最後まで一番大きな声を出し続けた。チームは強豪私立相手に5回コールド負けだったが、3回に1点を返すなど、意地を見せた。

山内は試合に出場しなかった。19年夏、新チームが始動して2日後にメニエール病を発症。一時は回復したが、今年2月にはパニック障がいも患った。野球に打ち込めない日々が続いた。「練習に出られなかった分、みんなより声を出して、みんなに届くようにしました」とベンチから懸命に声を張り続けた。

「最初はみんな緊張していて、自分が声をかけてあげなきゃと思った。絶対負けない気持ちを持っていました」。全員で戦い抜いた試合だったが、シード校に及ばず2回戦で敗退。試合後には大粒の涙を流した。それでも「チームのみんなに迷惑ばかりかけた。でも最後は役に立てたかな。自分にとっては最高の終わり方だったと思います」。悔し涙を拭いながら、胸を張った。