<高校野球埼玉大会:八潮南4-3慶応志木>◇10日◇1回戦

 2点差を追う9回、1死一塁の場面で、慶応志木・大塚拓也主将(3年)は打席に立った。「高校で野球はやめる」と決めていた。納得いくスイングを心がけた。2ボール2ストライクからの6球目。待っていた内角に来た直球を振り抜いた。打球は右中間を破る適時二塁打となった。

 「主人もここにいて見て欲しかった」とスタンドから母弘子さん(47)は懸命に声援を送った。7年前に夫を亡くして以来、女手一つで育ててきた。毎日、午前5時半の始発電車に乗って練習に向かう息子のために朝食を作り、お弁当も持たせた。家ではほとんど野球の話をしない。帰りが遅くなると、部活で何かあったのかなと心配する事しかできなかった。それでも「本当に良い仲間に出会えた」と、野球を通じて成長していく息子を頼もしく思っていた。

 試合は大塚の二塁打をきっかけに1点を返したが、惜しくも3-4で敗れた。試合後の大塚に涙はなかった。声援を送り続けてくれた母には「感謝。これから社会に出て恩返ししていきたい。将来は検察官になりたい」。泣き崩れる仲間1人1人の肩を抱き、声をかける主将の横顔はりりしかった。