DeNAが2日、来日が無期限延期となっていたユリエスキ・グリエル内野手(30)との契約を解除した。同じく来日が遅れている弟のルルデス・グリエル内野手(21)については今季から新たに2年契約を結んだこともあり、制限選手として申請。日本野球機構(NPB)も公示した。グリエルは右太もも痛、ルルデスは左手首痛を訴え、完治後の来日を一方的に求めていた。球団は本人との直接連絡を試みたが、音信不通状態が続くなど不透明な対応が契約解除の決定打となった。
DeNAが「キューバの至宝」との契約を解除した。広島との試合前、高田GMが一塁側ベンチに報道陣を集め「今日、グリエルに契約解除を通告した。NPBにも申請をした。理由は本人が故障を理由にいつ来るか分からない状況が続いている」と説明した。当初はキューバ国内リーグが終了してから、3月24日に来日する約束を交わしていた。だが、ケガを理由に一方的に拒否。この日まで、来日のメドすら立たない状況に苦渋の決断を下した。
昨オフに巨人との争奪戦を制して、年俸3億5000万円に契約金など総額5億円(推定)の破格条件で契約を締結した。キューバ国内リーグ終了後に合流する予定が、音信不通状態になった。球団は同28日に担当者をキューバに派遣。現地で直接交渉を試みたが、高田GMによると「キューバ政府は協力的だったが、本人とは会えなかった」という。最後通告として同30日、成田空港着の航空機チケットを用意したが、搭乗客の中にグリエルの姿はなかった。
この日、キューバ政府担当者が立ち会った中でグリエル本人が契約解除を示す書面にサインした。ここまでの給料の支払いに関して、高田GMは「来日したら払っていたけど、来てないから一切払ってない。相手も金銭は要求しないと言っている」と説明。弟L・グリエルは2年契約のため今季中は制限選手としたが「いつ来るか分からない選手を戦力とは言えない。メジャーでも日本の球団でも、取りたいところがあれば取ればいい。うちには必要ないと判断した」とグリエルには他球団との契約制限をかけず自由契約とした。
開幕前から続いていた「グリエル問題」は異例の契約解除という形で収束した。チームは、開幕ダッシュを仕掛けようかという時期。高田GMは「モヤモヤした状態でわがままを許すことよりも、しっかりと対処することがチームにとって大事。(グリエルが)『やる気がある』と言っているらしいが、我々には伝わってこなかった」と、ばっさり切り捨てた。グリエルは不要。けじめの決断だった。【為田聡史】
◆制限選手 最終所属球団に保留権を残したまま、年俸の支払い、移籍を制限する制度。選手が個人的な事由により野球活動を休止する場合、球団がコミッショナーに申請し、正当な理由での処分と判断された場合に適用される。公示された選手は所属球団に戻らない限り、いかなる球団においてもプレーはできない。また球団は、公示日から1日につき年俸の300分の1を減額することができる。今回のL・グリエルは、2011年東日本大震災での原発事故による精神的不安を訴え、再来日のメドが立たなかった横浜(現DeNA)リーチ(同年7月に復帰)、巨人バニスター(任意引退)に次いで3人目の適用となる。
<グリエル問題経過>
◆14年10月7日 DeNA公式戦全日程終了。
◆同12日 キューバに帰国。「来年はフルシーズン、チームを助けていきたい。出来ることなら戻ってきたい」。
◆同19日 キューバで会見に出席。「もし選べるならDeNAに戻ることを選ぶ。監督も選手も通訳もファンも、非常によくしてくれた」と発言。
◆12月15日 高田GMが、再契約で基本合意したと認める。同時に弟の新加入も認める。
◆15年2月2日 DeNA残留を正式発表。年俸3億5000万円の1年契約。弟は2年契約の年俸3500万円で合意。
◆同3日 大リーグ機構が、キューバ選手と契約する際に必要だった米政府の許可取得を撤廃したと各球団に通達。選手本人の宣誓書提出でメジャーと契約可能に。
◆同8日 キューバ代表として巨人メンドーサ、ロッテ・デスパイネらと出場したカリビアン・シリーズで優勝。
◆3月19日 キューバ国内リーグで所属するインダストリアレスがプレーオフ進出を逃し、全日程が終了。4日後の航空機に搭乗し、24日に来日する約束。
◆同24日 兄は右太もも裏痛、弟は左手首痛の完治後の来日を一方的に希望し、来日拒否。
◆同25日 高田GMが来日無期限延期を発表。
◆同27日 プロ野球シーズン開幕。
◆同28日 DeNA担当者をキューバに派遣。
◆同30日 球団が用意した来日便に搭乗せず。