パパは必ず復活するからな-。巨人村田修一内野手(34)が15日、「神奈川県立こども医療センター」を訪問。「ささえるん打基金」で79万円を寄付した。長男閏哉(じゅんや)君(9)は06年2月、妊娠24週目に超低出生体重児で誕生。6日後に同センター内の新生児集中治療室(NICU)に緊急搬送され、生命の危機から救われた。自身の「原点」と話す場所の慰問に、初めて長男も同行。涙を流す姿に三塁の定位置奪取を誓った。
息子の前で、村田が力強く宣言した。NICU病棟の慰問を終えると、少し離れて待つ閏哉君を視線の先に捉えながら口を開いた。「サードに関してはこだわっていきたい。そこで勝負するつもりで」。今季のように一塁との併用ではなく、本職の三塁一本で勝負する覚悟を示した。
横浜(現DeNA)時代の06年2月7日、閏哉君が体重712グラムの超低出生体重児として誕生した。6日後に腸に穴があき大量出血。このセンターのNICUに救急搬送され手術後に入院した。プロ4年目だった村田は、試合後に病院へ駆けつけ「パパも頑張るから」と声を掛け続けた。息子が生命の危機を乗り越えたその年、初めて大台を超える34本塁打。翌年からの2年連続本塁打王につなげた。
あれから9年。今度は自分が苦しい状況に陥った。今季は打率2割3分6厘、12本塁打。終盤はルーキー岡本に定位置を脅かされた。公式戦とポストシーズンで1安打につき1万円の寄付も今季は79万円に終わった。オフには今季ロッテでプレーしたクルーズと西武からFAで脇谷も加入。ますます苦境に陥った。
毎年恒例のNICU慰問に、初めて閏哉君を連れてきた。長男は、かつての自分と同様に病気と闘う子どもを見舞い、時に涙を流していた。入院患者の家族から「こんなに大きくなるように頑張ります」と感謝された。息子の成長を実感した。「今の僕があるのは閏哉のおかげ。もう1度そういう気持ちになって、みんなに元気を与えられるように。現状を生んだのは自分。自分で取り返す」。闘争心がよみがえった。
来年1月に坂本と長野らと行うグアム自主トレには、岡本も参加する。「普通にいけば僕の方が早く引退する。キャリアを教えないで去る必要はない」と、聞かれれば何でも教えるつもりだが、まだポジションは渡せない。「開幕スタメンを取ります」。3人の息子に、格好いい姿を見せると約束した。【浜本卓也】
◆巨人の三塁手事情 来季の定位置争いで最激戦区になる。1年目にプロ初本塁打を放った岡本は、オフの実戦、秋季キャンプでも好調を維持している。来春キャンプ、オープン戦とアピールを続ければ、開幕スタメンの座をもぎ取る可能性はある。ロッテから加入したクルーズも村田にとっては強敵。守備力は遜色なく、勝負強い打撃も大きな魅力だ。FA移籍で古巣復帰した脇谷は、西武での2年間で打撃にさらなるパンチ力が加わった。9月に骨折した右足首の回復も順調で、当然、競争に加わってくる。



