プロ初完封の瞬間は会心のガッツポーズ、ではなく苦笑いだった。3年目のヤクルト原樹理投手(25)は9回2死、巨人岡本に左翼へ大飛球を打ち上げられた。「びっくりするどころじゃなかった。ファウルと思ったら切れなくて…。本塁打だと思いました」。打球がフェンス手前で田代のグラブに収まると、原は手をひざにつき、ほおを緩めた。自己最多の12奪三振で4安打無四球。「1人で投げきると思っていたけど、まさか完封できるとは思わなかった。すごくうれしいです」と笑顔で汗を拭った。

 どん底からはい上がった。若きエース候補として開幕ローテ入りしたものの、先発7試合で0勝5敗。6月中旬に中継ぎへと配置転換された。勝ち運がないという声も耳に入った。期待に応えられない悔しさも募った。「何とか取り返すしかない」。その一念で右腕を振り続けた。

 鍵は「シュート投手」からの脱却だった。試合途中から投入される中継ぎを経験し、考え方に変化が生まれた。「僕は内角に投げる方が安心。外角の方が緊張するんです。でもいろんな球種を投げた方が長い回も投げられるし『原はシュートだけじゃないんだ』ってなったらいい」。シュート一辺倒の配球を見直し、スライダーやカーブを投げ込むと決めた。先発復帰後は150キロ前後の直球と変化球で緩急をつけた投球にチェンジし、これで5戦3勝1敗。この日もスライダーとシュートを軸にテンポ良く投げ込み、前夜11得点の巨人打線を封じこめた。

 打っても4回に適時打と投打で躍動。チームを1日で2位に再浮上させ、小川監督からも「今日は樹理(原)に尽きる」と最大級の賛辞を贈られた。それでも「今日は今日。明日から次の試合を見据えてやっていく」と引き締めた。恐怖心に打ち勝って苦しい時期を乗り越えた原が、ここからヤクルトを救っていく。【浜本卓也】

 ▼原が無四死球の12奪三振でプロ初完封。ヤクルトで無四死球、2桁奪三振の完封勝ちは、07年9月4日グライシンガーが広島戦で記録して以来、11年ぶり。巨人戦で無四死球、2桁奪三振の完封勝ちしたヤクルト投手は、国鉄時代の55年8月24日金田以来、63年ぶり2人目。