17日に運命のドラフト会議が行われる。悲喜こもごも…数々のドラマを生んできた同会議だが、過去の名場面を「ドラフト回顧録」と題し、当時のドラフト翌日付の紙面から振り返る。

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<95年11月23日付、日刊スポーツ紙面掲載>

22日、東京・港区の新高輪プリンスホテルで行われたドラフト会議で近鉄が1位指名したPL学園・福留孝介内野手(18)は、同夕に近鉄佐々木監督らのあいさつを受けた後、日本生命入社の意思を表明、近鉄入り拒否の姿勢を明らかにした。同選手は巨人、中日の指名以外は日本生命入りを打ち出しており、「自分自身の気持ちを変えるつもりはない」と、プロ拒否をあらためて強調した。翻意に全力を挙げる近鉄は今週末、2度目の交渉を行う。

福留の固い意志はドラフト後にも崩れることはなかった。意中球団とは違う近鉄が交渉権を獲得したことで、既に決めていた通りプロ入りを拒否、社会人・日本生命入りを選択する。

「自分自身の気持ちを変えるつもりはない。それを通していけそうです」。この日午後6時、さっそく近鉄佐々木監督、筑間球団社長ら3人が東京のドラフト会場から指名あいさつに駆けつけた。席上、福留は同監督から選択確定の当たりくじを見せられ、帰り際には握手を交わすなど和やかなムードだった。

しかし、このシーンは近鉄側の熱烈ラブコールに礼を返すための「大人の対応」、精いっぱいの配慮だった。「今は上(プロ)へ行きたい気持ちが強い。すぐに東京から飛んできてくれた誠意は感じます」。近鉄側の熱烈ラブコールにこう答えたものの、意中球団以外からの指名の場合は内定している日本生命に進むと既に決めている。「自分の意志は曲げないでいきたい」。その決心に変わりはなかった。福留は「その意志とは、希望球団以外なら社会人に進むということか?」との報道陣の質問に、「そうです」とはっきりとうなずいた。

実は近鉄の交渉権確定後の午後1時すぎ、PL学園・竹中徳行野球部長(43)が、日本生命に「基本線通りお願いします」と電話を入れている。もちろん福留の意向を受けてのものだ。「社会人の3年は長いとは思いません。自分を鍛えることのできる3年間だと思っています」。福留はここでもきっぱりと言った。近鉄の交渉権獲得決定後に、福留から電話連絡を受けた父景文さん(45)も「あいつの気持ちを尊重する」と本人の決断に任せる考えだ。

佐々木監督のあいさつから7時間前の午前11時、PL学園・中村順司監督(49)、竹中部長とともに記者会見場に姿を見せた福留の顔は心なしかこわばっていた。ドラフト史上、高校生選手では最多の7球団による1位競合。結果は、思い焦がれていた巨人、中日ではなく意中外の近鉄だった。この日は、ドラフト指名の時間帯がワープロの授業と重なっていた。だが、運命の瞬間を自らの目で確認したかった福留は、校長室のテレビで近鉄の交渉権獲得を見届けた。それから10分後、思い破れた直後という悲しい状況で初めて「希望球団は巨人と中日でした」と本心も明かしてみせた。

「強いプロ志望を持っているのなら、どの球団であれプロに行くべき」という声は福留の周囲にもある。しかし、福留はこれまで自分の信念を曲げたことがない。その強さが、10年に一人といわれる逸材に鍛え上げた原動力でもある。「両親や監督、竹中先生と相談してから決めたいが、自分の意志は変えないでいくつもりです」と福留。鹿児島から来阪した父ときょう23日に話し合い、手順を踏んで近鉄にその意思=プロ入り拒否-日本生命入社=を伝えていく。

★過去の拒否選手 最近のドラフト1位指名拒否選手では1990年(平2)の亜大・小池秀郎投手(26=現近鉄)が記憶に新しい。その前年の野茂に続いて小池にも史上最多タイとなる8球団が競合した。小池はヤクルト、巨人、西武の3球団を希望していたが、くじの結果、ロッテが交渉権を獲得した。小池はその瞬間、大粒の涙を流してロッテを拒否し、社会人・松下電器へ進んだ。また、77年には法大・江川卓投手(40=現評論家)がクラウンの1位指名を拒否。翌年、阪神にいったん入団してからトレードで念願の巨人入りを果たした。89年は上宮・元木大介内野手(23=現巨人)がダイエーを拒否、1年間のハワイ留学の道を選んでいる。

★日本生命の反応 福留が巨人、中日以外の指名の際の入社内定先となっている日本生命・早瀬監督は、近鉄の交渉権獲得に「こちらから動くことはない。アプローチを待つ」と話した。しかし、この日昼すぎのPL学園野球部・竹中部長からの電話は、チーム強化には願ってもない話。「こういうことは今後の展開次第。どうなるんですかねえ」と心配げな口調ながらも、「福留君本人にはもう内定通知は渡っているんです」。本心は一日も早い「正式入社決定」を待っている?

★今後どうなる 野球協約により近鉄が福留と交渉できる期間は来年3月31日まで。それまでに契約できなかった場合は、交渉権を失う。一方の福留は日本生命入りした場合、高卒選手のため3年間はプロ入りできない。今度ドラフト指名を受けるのは98年となる。その時は逆指名が可能となる。また、日本生命入りした場合に、五輪凍結選手としてアトランタ五輪終了後の来年のドラフトで指名という方法もあったが、プロ側の強い反対で認められなかった。

 

※記録と表記などは当時のもの