新型コロナウイルス感染拡大を受けて、プロ野球が開幕延期で揺れる中、日刊スポーツは「開幕と私」と題し、本紙評論家陣が「開幕」にまつわるエピソードを語ります。第1回はプロ野球記録の12年連続開幕投手を務めた元阪急エースで、通算284勝の山田久志氏(71)が当時の秘話を明かします。【取材・構成=寺尾博和編集委員】

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阪急の黄金期を支えたエース山田には、開幕戦でのこだわりがあった。1球目は必ず、真ん中にストレートを投げ込むことを決めていたのだという。

山田 わたしは「その1球」にこだわった。捕手のミットが「バシッ!」と音を立て、球審が「ストライク!」と手を上げる。スタンドのファンが「ワーッ!」と沸き上がる。それまで緊張していた野手も、ベンチも、ちょっと緩む。そして次の瞬間「さぁ、開幕だ、行くぞ~!」って雰囲気で盛り上がる。開幕戦の初球には、初陣に弾みをつけ、チームに「今年はいける」と安心感を与える特別な意味があると思っていた。

1975年(昭50)から務めた12年連続開幕投手は日本記録で、大リーグでも伝説の名投手トム・シーバーに並ぶ快挙だ。しかも驚異の7年連続完投、うち5年連続の完投勝利(完封2)をマークしている。

山田 キャンプイン初日のブルペンに入ると、上さん(上田利治監督)が近づいてきて「今年も頼むわ」と言われた。その一言が「開幕投手」でした。監督だって開幕からエースに代打を送るような試合はしたくないし、こちらもぶざまな試合はできない。だから死力で投げた。

初めて開幕投手を務めたのはプロ7年目の75年。だが71年は22勝、72年は20勝を挙げており、それまでもチャンスはあったはずだ。

山田 でもうちにはヨネ・カジ(米田哲也、梶本隆夫)がいたし、足立(光宏)さんもいた。おれがいくら勝っても、「まだ山田は早いっ」てなもんだろう。常に先輩を立てるのは礼儀だったからね。

開幕戦当日、山田家の食卓には、赤飯、タイの尾頭付きが並んだ。愛妻の気合の入った手料理に少しだけ手をつけ、静かに自宅を出た。

山田 ホームゲームで練習を終えると、試合前セレモニーもあって、時間がたつのが長くて困った。ジッと気持ちを高ぶらせていくんだけど、ほとんど顔を合わせずにトレーナー室にこもっていたと思う。

開幕投手を務めた12試合は8勝2敗。史上最強サブマリンとして通算284勝を挙げた。

山田 開幕戦の1球目を打者が打ってきたら? 今は違うかもしれないが、昔はそれに手を出す失礼なバッターはいないんだよ(笑い)。開幕は歌舞伎でいえば、劇場が張り詰めて緞帳(どんちょう)が開く瞬間で特別な舞台だ。今年も開幕が待ち遠しいね。(敬称略)