コロナ禍の甲子園に今年初めて観衆1万人が詰めかけた。9月21日、阪神はDeNAとデーゲームを戦った。普段と違う形で試合を見た。テレビの音量を消すとスマートフォンから声が聞こえてくる。「岩崎君、本当に低めに集めるのがスゴイ。たまに高めに行っても打ち損じてくれる」。阪神OBの井川慶さんが8回を抑えた岩崎をたたえた。

今季、阪神は新たなファンサービスに挑戦する。球団が承認し、NPBで史上初の「投げ銭」システムによる応援スタイルを導入したのは6月下旬。デビュー戦の模様をリポートしてから約3カ月たった。スポーツ特化型ギフティングサービスを運用する「エンゲート」のサイトでは、試合に一喜一憂しては熱心なファンが「投げ銭」していく。

トークライブも売りの1つだろう。この日は「目指せ 登録者数1000人」と銘打ち、井川さんが出演していた。祝日の昼下がりらしく、まったり感が心地いい。司会者との掛け合いで話は脱線する。6回、エドワーズが投げた。「いいボール投げてますね。コントロールいいですし」。さらに言う。「92マイル、93マイル…。ボールが動かなかったら、メジャーはなかなか上げてくれない」。大リーグ時代を思い起こす。

「95マイル以上じゃないと(球を)動かさないといけないと言われる」。キレイな真っすぐを投げるなら95マイル(152キロ)以上の球速が必要だ。それ以下なら球を動かせ-。メジャーの不文律のようなものなのか。「フライは評価が低くなる。ゴロが優遇されるんですね。長打がない。フライボールピッチャーだとスタンドに入れられてしまうと」。井川さんが語る体験談が、とても興味深い。

MGスポーツと提携する新しいサービスは肩の力も抜けて、まるで雑談を聞くように楽しめる。これまで藪恵壹さん、亀山努さん、横田慎太郎さんらOBがイベントに参加し、盛り上げに一役買っている。昨季まで球界で「投げ銭」は浸透していなかった。だが、6月には独立リーグのルートインBCリーグが加盟全12球団でエンゲート投げ銭を採り入れるなど、雨後のたけのこのように、じわじわと広がっている。

ファンが、活躍したり、応援するチームや選手にギフティング(デジタル技術を用いた寄付)を行うことで、選手らは対価を得る。特に活動資金が必要な個人スポーツのトップアスリートを支える仕組みになりうると個人的に思う。まだ爆発的なムーブメントはないが、社会に広く認知されれば、日本のスポーツが大きく変わる可能性を秘める。

OBがオンラインのライブで試合を語るなんて、一昔前にはなかったが、いまや当たり前だ。勝因を問われた井川さんは言う。「最初の岩田の粘りですね。初回をゼロで収まったのが一番の要因。あそこを崩れたらガタガタしてしまう」。1回1死満塁で宮崎を三塁併殺打に抑えた岩田を褒めていた。先発投手で一時代を築いた井川さんならではの視点に触れ、なぜか懐かしくなった。【酒井俊作】