今回の連載では、コンタクトを試みても会えなかった人がいた。97年に鳴り物入りで阪神入りしたマイク・グリーンウェル氏(53)は7試合に出場しただけで、「神のお告げ」という謎の言葉を残して帰国。「あの助っ人たちの今」第5回は、そんな外国人選手たちのその後を追って、たどり着いた彼らの意外な消息を紹介します。

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レッドソックスのキャンプ地、フロリダ州フォートマイヤーズから車で約30分。海辺に続く道路沿いに、お目当ての遊園地はあった。レ軍一筋に12年間プレーした元スター選手であり、阪神の「お騒がせ」助っ人として知られるグリーンウェル氏が経営するテーマパークだ。

実は、今連載で真っ先に会いたかった人物である。各方向からコンタクトを試み、レ軍を通して取材も申し込んだが返事がなく、業を煮やして現地を訪ねてみた。遊園地はサッカー場ほどの広さで、バッティングセンター、パターゴルフコース、ゴーカートコースなどがあり、ここ数年で規模もアトラクションの数も拡大。家族で楽しめる娯楽施設として、地元で人気のスポットになっている。

だが肝心の「オーナー」が不在。現れたのは次男のギャレット氏(23)だった。「父は元気だけど、ここには来ないよ。今は兄と2人で、父から経営を任されている」という。長男ボー氏(26)は昨年、レ軍傘下マイナーでプレーしていたが、引退し家業を継いでいた。次男も大学まで野球を続けたがプロにはなれず、若くして父の経営を手伝っている。

長男は父マイク氏に似ているが、次男は雰囲気が少し違った。しかし愛想のいい表情で「父は今、農場経営の方で忙しいんだ。取材したいの? ここに連絡すればいいよ」と、マイク氏のマネジャーをしているという人の電話番号を教えてくれた。連絡を取って3・6平方キロメートルあるという広大な農場を訪ねた。さまざまな野菜を生産し、現地で直売もしていた。だが結局、本人に会うことはかなわなかった。

さらに足を延ばし、もう1人を訪ねてみた。ソフトバンクとロッテで計6年プレーし、「パナマウンガー」のパフォーマンスでもおなじみのフリオ・ズレータ氏(40=写真)が、グリーンウェル氏の遊園地から車で約20分の場所でバッティングセンターを経営しているという。しかし現地にたどり着くと、スポーツジムになっていた。スタッフらしい男性に聞いてみると、ズレータ氏はバッティングセンターを売却し、近況も分からなかった。

こうして元助っ人探しのフロリダ行脚は空振りに終わったが、今も多くのファンの記憶に残るグリーンウェル氏には、再度アタックして話を聞いてみたいと願っている。【水次祥子】

◆マイク・グリーンウェル 1962年7月18日、米ケンタッキー州生まれ。85年からレッドソックスでの12シーズンで通算打率3割3厘。08年にレ軍の球団殿堂入り。97年に当時の阪神史上最高額となる年俸300万ドル(当時のレートで約3億3000万円)で契約も、出場7試合で自打球を足に当てて骨折し、そのまま引退した。引退後はNASCARレーサーに転身した時期もあった。