2月1日に47歳になりました。気がつけばアラフィフ。45歳、46歳ではそう思っていなかったが、「47」という数字を見た瞬間…。もっと早く気がつけよって話ですが(笑い)。
僕は毎年新年に今年の目標や抱負を考える。そしてその1カ月後の誕生日に改めて年始に立てた目標や抱負を考え直してみる時間を作っている。その結果、たった1カ月大きく大きく変わった。というのも、47歳を迎えて、実際に50歳になる自分を意識した時に「お前このままでいいのか?」と問われた気がした。
もちろん格闘技と真剣に向き合いながら、講演会や企業で研修を行っていて、毎日が充実していることは間違いない。ただ、どこかで職業「挑戦者」が今のままでいいのか?と常に問われているような気がするのだ。そこで、ふと思い返してみた。もし今自分が挑戦をしていないという状況だと仮定して、挑戦しなくていい人とはどんな人で、その理由は何か?「挑戦する」ことの逆から考えてみた。
一般論では、「お金を十分に稼いでいる」とか「何もする気が起きない人」とか「人生を諦めた人」「今が幸せな人」などさまざまな状態が考えられる。では僕にとって挑戦しなくていい状態とは何か?自分をもう一度見つめ直す47歳の始まりだった。そこでいき着いた答えは、僕は40歳でJリーガーになった。その時は「人生の後悔を取り返しにいく」と掲げて、嫌で嫌で仕方なかった自分を変える旅だった。
そして43歳で「今までやったことのないことに立ち向かい、弱い自分と向き合う」ことを掲げて、40歳からJリーガーになってもまだまだ弱い自分がいることにハッキリと認識をした。だから僕は格闘家になり、リングという場で、精神も肉体も全てささげて向き合ってきた。
47歳になった今、なぜ新たな挑戦をしていないのか。きっとそれは「今の自分を認められるから」だと結論付けた。もっと言えば今の自分を「好き」だと言える。情けない自分がいて、自分にうそをついて、ごまかして、そんなダサい自分からの脱却を「年俸120円Jリーガー」はやってのけた。
しかし、今度は精神的に弱い自分が露呈し、立ち向かう勇気を失いつつあった。そこで格闘技という一度も触れたことのない競技で弱い自分をリングの上で曝け出した。その結果、弱さを隠さず受け入れることで、常に101%の努力を重ねることができた。
そして今はある。もう1度、本当に自分から目を背けていることはないかを考えた。このままでいいのか?本当に認めちゃっていいのか?そんな自問自答の中で出た答えがある。それは「一番になることから背を向けてきた」。僕は幼少期から今までで一度も一番になったことがない。そのことによって劣等感が生まれ、いつまで経ってもその世界観から抜け出せない自分が嫌で嫌で仕方なかった。ずっと一番に憧れていたのかもしれない。しかし、その葛藤が不貞腐れる自分ではなく挑戦する自分を生み出し「オンリーワン」という道を切り開くことになる。
これはこれでかなり大事なことであり、それなりにオンリーワンを貫いてきた40代だ。でも、よく考えると「オンリーワン」を隠れみのに「NO・1」から逃げてきたとも言える。50歳まであと3年。肉体を使った挑戦はきっと最後になるだろう。しかも、格闘技を続けながらという大勝負。笑いたければ笑え。バカにしたければバカにしろ。俺は俺の人生を生きる。挑戦から超戦へ。俺は俺を超える。何をしてNO・1を目指すのかは追って発表します!
◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。22年2月16日にRISEでプロデビュー。プロ通算3勝1分け3敗。175センチ



