分かっちゃいるけど止められない。権力争いは時として人間の醜さをさらけ出す。独裁者スターリン死後の後継者争いは、醜さを突き抜けて笑ってしまうほどすさまじい。死と隣り合わせの環境を生き抜いた後継候補たちが、命がけで知恵を絞る。

 そんな混沌を、事実をベースに思いっきり人間くさいストーリーに仕立てたのが「スターリンの葬送狂騒曲」(3日公開)で、登場人物の表情が真剣になればなるほど、そこにブラックな笑いが生まれる。

 1924年、レーニンの死に伴うトロツキーとの後継争いを制して以来、約30年間ソビエト連邦を支配してきたヨシフ・スターリンは粛清という名の処刑を繰り返し、100万人を越える人々をクラーグ(収容所)に収監し、数百万人を酷寒のシベリアに追放した。

 文字通りの恐怖政治。突然の死に、側近たちは浮足立つ。恐怖と相互けん制で操られてきた彼らの中には明確なナンバー2がいなかったのだ。

 テレビ・シリーズの政治コメディーで手堅い手腕を見せてきたアーマンド・イアヌッチ監督は「あえてコメディーに仕上げようとは思わなかった。すさまじい緊張と恐怖が混ざり合い、神経衰弱ぎみな状況から奇妙なおかしさが込み上げてくるはずだ」という。

 モスクワ、キエフ、ロンドン…旧ソ連をほうふつとさせる建物をセレクトした背景はドキュメンタリーのようにリアルだ。赤とカーキが印象的な色使いもいかにもそれらしい。

 前段では、スターリンの幹部操縦法が端的に描かれる。典型は、愛妻家の片腕モロトフの妻にあらぬ嫌疑をかけて追放し、彼には妻を断罪するように強いる。それでもモロトフは愛想笑いを浮かべる。

 恐怖政治の行き着く果てとして、スターリンの周囲に残ったのは思考を放棄するか、本音を隠すことにたけた人間ばかり。重厚な背景の中に、彼らの軽さが浮かび上がる。

 恐怖のまん延は結果としてスターリン自身の死を早める。脳出血で倒れた音を聞きながら、ドアの外の警護兵は恐怖が先に立って声を掛けたり、ドアを開けて確認することができなかったのだ。発見したのは翌朝お茶を運んできたメードで、彼は意識不明のまま死に至る。

 国葬の裏側で最初に主導権を握るのは腹心マレンコフと警備隊トップのベリヤのコンビだが、ひそかに軍と連携した第1書記のフルシチョフが巻き返していく。

 フルシチョフ役のスティーヴ・ブシュミが相変わらずいい味を出している。そのままでもちょっと皮肉めいた顔つきが、飼いならされたイエスマンの中で巧みに本音を隠してきた「よりましな後継者」像にはまる。

 空気の読めないマレンコフ役には、最近では「ザ・コンサルタント」(16)が印象的だったジェフリー・タンバー。空っぽな男に成り切って、1番の笑いをとる。

 ロシア文科省は、プーチン大統領再選となった選挙の2カ月前にあたる今年1月、この映画の上映中止措置を取った。ブラックな笑いに包まれたこの映画は、今のロシア政治をも照らしているということなのだろうか。【相原斎】


「スターリンの葬送狂騒曲」の1場面 (C)2017 MITICO - MAIN JOURNEY - GAUMONT - FRANCE 3 CINEMA - AFPI - PANACHE -PRODUCTIONS - LA CIE CINEMATOGRAPHIQUE - DEATH OF STALIN THE FILM LTD
「スターリンの葬送狂騒曲」の1場面 (C)2017 MITICO - MAIN JOURNEY - GAUMONT - FRANCE 3 CINEMA - AFPI - PANACHE -PRODUCTIONS - LA CIE CINEMATOGRAPHIQUE - DEATH OF STALIN THE FILM LTD