66年にビートルズが来日し、翌年にはツィッギーがやってきた。当時、小学校高学年の私は「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれた時代の空気をちょっとだけ吸っている。

ビートルズを巡る狂乱はニューズで見るだけだったが、クラスのおませな女子たちは明らかに高揚していた。ミニスカートからスルッと伸びたツィッギーの脚と大きな瞳は現実離れして漫画のように見えた。

マイケル・ケイン(85)がナビゲーターとなって当時の英国にスポットを当てたのが「マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!」(来年1月5日公開)だ。

南ロンドン生まれのケインは30代をスウィンギングのただ中で過ごす。「サー」と呼ばれる大御所俳優は上品な英国紳士そのものに見えるが、労働者階級出身、コックニー訛りがコンプレックスだったという。リバプール訛りを隠さずに流行をリードしたビートルズは、日本で感じたのとは比較にならないくらい鋭角的で、階級や地域の壁をぶっ壊す文字通りの変革者だったのだ。

この映画からは時代の中心地でしか味わえない、ひと味違う高揚感が、手に取るように伝わってくる。

国営放送BBCはビートルズやローリング・ストーンズの音楽を敬遠したが、海賊放送が彼らの音楽を積極的に流し、喝采を浴びる。ケイン自身も米国人が監督した「ズール戦争」(64年)で上流階級の将校役に抜てきされ、「壁」を超えた。

インタビューに答えるポール・マッカートニーの言葉が印象的だ。「世間は才能ある労働者階級がいることに気付いた。それは革命だった」。時代を感じさせるコメントだ。この頃ツィッギーがコックニー訛りを持つ初めてのモデルとして脚光を浴びる。

そんな先端の人々だけでなく、市井の人々をとらえたニュース映像も挿入される。曇りがちのロンドンでもところどころに若者の輝くような笑顔が見える。ナビゲーターのケインも当時の話になると表情が生き生きするのが分かる。

終盤、輝いていた若者文化には薬物使用の影が差す。LSD、マリフアナ…。当局の取り締まりは容赦なく。大物の逮捕や家宅捜索が相次ぐ。プロデューサーも兼ねるケインやデイヴィット・バッティ監督は当局のやり方を過剰ととらえ、この動きを「革命の揺り戻し」と定義しているようだ。

ロシア革命やフランス革命に重なって、スィンギング・ロンドンも革命の起承転結を踏んでいることが見えてくる。

今の時代も半世紀後にはこんなふうに分かりやすく見えるのだろうか。ワクワクさせられ、最後にほろ苦く、そして考えさせられる1本だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)