4年前の映画「栄光のランナー 1936ベルリン」を思い出す。

ナチス政権下のベルリン五輪で史上初の4冠を達成した米国の黒人陸上選手の実話だ。類いまれな才能に恵まれたジェシー・オーエンスは国内の人種差別と闘い、ボイコットの機運が高まっていたナチスのベルリン五輪にあえて参加し、人種差別の権化とも言えるヒトラーの目の前で最高のパフォーマンスを披露する。

差別や偏見の壁を越えるためには強靱(きょうじん)な精神力といくつもの奇跡が必要なことを実感させる作品だった。

「キーパー ある兵士の奇跡」(10月23日公開)は、「栄光-」とは反対側からのアプローチで描くもう1つの奇跡の実話だ。

終戦間際、独軍兵士バート・トラウトマンは連合軍の捕虜となり、英ランカシャー収容所に送られる。終戦後も拘束は続くが、捕虜仲間のサッカーで見せた名キーパーぶりが地元チームのコーチの目に留まる。

大戦で家族や知人を失っているチームのメンバーは彼の参加に猛反発。観客からもブーイングが沸き起こるが、リーグ脱落の危機にあったチームを救う好セーブの連発とひた向きな姿勢に次第に声援が多くなる。

彼の活躍は関係者の口コミで広がり、ついには名門クラブ、マンチェスター・シティから招かれる。が、サポーターの一大勢力がユダヤ人コミュニティーで、ブーイングや抗議活動はランカシャーの小クラブとは段違いだった。

潮目を変えたのはトラウトマンの妻。収容所で彼を見いだしたコーチの娘である。彼女はユダヤ人サポーターが集うパブに乗り込み、彼も戦争で傷ついた1人だ、と訴える。居合わせたラビ(ユダヤ教の指導者)は心を動かされ「彼のような人間まで糾弾すれば、我々も加害者になる」と声明を発表する。

流れは変わり、FAカップを優勝に導いたトラウトマンは国民的ヒーローとなる。一方で、彼が空挺(くうてい)部隊で鉄十字勲章を受けたのは事実であり、妻にも打ち明けられない秘密も抱えていて…。

「栄光-」にはヒトラーの鼻を明かす爽快感のようなものがあったが、今作では偏見が解けていく過程がジワリと染みる。

トラウトマン役のデヴィッド・クロスは実は「栄光-」にも出演している。ドイツ選手ながら、「敵」オーウェンスをサポートしたスポーツマンシップの権化ルッツ・ロング役である。あの時のイメージそのままに温厚でしんの強いヒーローをぶれずに演じている。

ドイツ人のマルクス・H・ローゼンミュラー監督は大筋史実にのっとっているが、随所にさもありなんという創作エピソードを織り込んでいる。その小技が利いて、ドラマ部分にもめりはりが利いている。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)