犯行現場を目撃してしまった女性が連続殺人犯に追われ続ける一夜の物語だ。再開発を前にした人気の無い地域を舞台に、聴覚障害のあるヒロインはスマホ時代にもかかわらず多くの連絡手段を封じられている。
24日公開の「殺人鬼から逃げる夜」は、見たことのない恐怖シーンの連続だ。これが長編デビューというクォン・オスン監督は、新味あるシチュエーションスリラーを作り出した。
企業の相談センターで「手話対応」をしているギョンミは、得意先の接待に駆り出され、心ならずも深夜の帰路につく。同じく聴覚に障害のある母との待ち合わせ場所の路地で血を流して倒れている女性を発見する。すぐそばにはサイコな連続殺人鬼ドシクが息を潜めていて…。
序盤に登場するギョンミの職場や接待先の描写で、聴覚障害者に対する世間の偏見や無理解が印象づけられる。そして本当の理解者は母親だけという孤立感も浮き彫りになる。
一方で、一見地味なバンで移動するドシクは、その中に大量の刃物と多様な着替えを準備する「完璧なサイコ」で、身なりの良いスーツ姿で警察官も欺く。じわじわと追い詰められるギョンミだが、彼女には見かけによらないガッツがあった。
サムスンの社員から放送記者、そしてモデル、女優へと転身したギョンミ役のチン・ギジュは、ヒロインのはしっこさを巧みに表現している。よく動く目、そして終始逃げ続ける走り姿も様になっている。
オードリー・ヘプバーンの「暗くなるまで待って」(68年)では、視覚障害のあるヒロインが暗闇に潜むことを武器にしたが、今作では動き回ることがサバイバル術となる。「暗く-」では音響が効果的に使われていたが、こちらは時々すっと音を消して「無音状態」にすることでギョンミの恐怖をじわっと伝える。
危険な音を伝える「光メーター」や音に反応してシンバルをたたくサルの縫いぐるみも効果的に使われている。そして、窮地に追い込まれたギョンミが放つ「最後の一手」には思わずうなった。
サイコキラー役にはホラー映画「コンジアム」(18年)のウィ・ハジュン、母親役には「息もできない」(08年)のキル・ヘヨン、路地で倒れていた女性の兄として途中参戦する元海兵隊員のジュンタク役に「ゴールデンスランバー」(18年)のパク・フンと巧者ぞろい。
脚本も自らのオリジナルというオスン監督。韓国映画にまた新しい才能が登場した。【相原斎】