日常のささいなことでも不安になる中年男、ボーが次から次に最悪の出来事に遭遇する。想像し得る最悪の上をいく最悪がこれでもかと襲ってくるからたまらない。これは悪夢コメディーなのか。見る者の感情は乱高下するが、笑えるシーンも満載だ。

主人公を演じるのは「ジョーカー」でアカデミー賞に輝いた名優ホアキン・フェニックス。ジョーカーで演じた大道芸人のアーサーの怒りと悲しみが同居した、泣き笑いの表情に心を奪われたが、今作は、そのときどきの不安な表情を見事に演じ分けている。戸惑いをともなった不安、涙が流れそうな不安、極限の恐れ、畏怖…。不安な表情がこれほどあるとは知らなかった。

全世界で大ヒットした「ミッドサマー」の鬼才、アリ・アスター監督の長編第3作。4章立てで、第1章はアパートで1人暮らしのボーが実家の母が怪死していると聞いて自宅を飛び出すも、外はなぜか無法地帯。犯罪者に間違われ、車にはねられる。第2章では安息の地を得たはずが…。章ごとに世界観が一変する。2時間59分のボーの奇怪な旅を見終わると、何をおそれていたのかが分かる。【松浦隆司】

(このコラムの更新は毎週日曜日です)