大友啓史監督(55)が、NHKを退局し、監督に転身してから10年の歩みは「るろうに剣心」とともにあった。その集大成「-最終章 The Beginning」が4日に公開され、7日付全国興行収入ランキングでは4月公開の「-The Final」とともに日本映画史上初の1、2位を独占。17日時点の興収は2部作合計で50億円を突破した。その裏では、コロナ禍で公開が1年延期された上、緊急事態宣言下での公開を余儀なくされた。“わが子”を守るための闘いの日々を激白した。

★「休業」納得できず

大友監督は12日に都内で行われた大ヒット舞台あいさつで観客に感謝した。

「こういう状況で足を運んでいただき、ありがたいとしか言いようがない」

「-The Final」が封切られた4月23日、政府が同25日から3度目の緊急事態宣言を発出すると発表。封切りから2日で休業要請が出た東京、大阪の映画館が閉まった。

「コロナの時期に公開することを受け止めようと思って、公開日まで毎朝、3時間くらい家の周りを歩き、頭を整理した。心の整理が難しかった。そうしたら3度目が…しかもドンピシャではまった。またかよ…と。地方の人が公開を喜んでいるのに、東京と大阪でまだ見ていない人がいるという、本来だったら起きない分断が起きたわけです」

★心の整理難しく…

東京都と大阪府が緊急事態宣言の延長を受け、5月12日から劇場や演芸場の休業要請を緩和した一方、映画館への休業要請を継続した。納得できず、都に問い合わせたが「総合的判断」という不明瞭な回答しか返ってこなかった。国会図書館の勉強会に足を運び、5月20日に立憲民主党の憲法調査会で意見を述べた。作品に対し、初めて湧いた感情が自らを突き動かした。

「作品って子供なんだとつくづく思った。そこまで思ったことは今までなかった。緊急事態宣言発出時は不平等ではなかったのが、延長で舞台はいいけど映画がダメとなった。都庁に電話して3カ所くらい、たらい回しにされた上、誰も答えを出してくれなかった。とんでもないバッドコンディションの中、しかも不平等な扱いを“子供”が受けている時“親”が黙っていることは出来ないよ」

★11年転身後第1作

「るろうに剣心」は、10年の大河ドラマ「龍馬伝」のチーフ演出を務めた後、NHKを11年4月に退局し、映画監督に転身しての第1作だ。当時も、コロナ禍の今と同様、大きな障害が立ちはだかっていた。故郷の岩手県盛岡市も被災した同3月の東日本大震災だ。

「1番、ヤバい時に会社を辞めたところから始まった。ほとんどの日本映画が撮影をストップ…今回と一緒ですよ。でもGOが出て8月に撮影に入り、12年の夏に公開したけれど、東北は震災で、かなりやられていた。映画どころじゃないという人が、いっぱいいた。『るろうに剣心』は逆風の中、乗り出す船…そういう運命だと思い立った」

★逆風から逃げずに

興行収入30億円超と結果を出し、続編「-京都大火編」「-伝説の最期編」を14年に連続公開し2作合計で同約95億円を記録。撮影から5年後の18年11月、和月伸宏氏の原作漫画の重要エピソードを実写化する「最終章」の撮影を開始し、19年5月に撮了。作品への自信は揺るぎなかった。

「逆風から逃げずに真正面から作ってきた。スタッフの技術、人間関係、俳優の成長含め10年かけないとたどり着かなかった。だから『-The Final』公開後の打ち上げで『自分たちの作ったものを信じて。どんな状況になろうが強い作品は絶対、最後まで残る。自分たちがやってきた作品は、そんなに軟弱じゃない』と言ったんです」

★ナイフを忍ばせる

映画製作で心がけているのは、NHK時代に培ったジャーナリズムに基づき、自身が感じたことをひそかに盛り込むこと。それを「ナイフを忍ばせる」と評する。「-The Final」で緋村剣心(佐藤健)と激闘を演じた雪代縁(新田真剣佑)は、姉の巴(有村架純)を殺した剣心が作った新時代そのものを憎んだ。その怨嗟(えんさ)の心は、世界各地で起きる紛争、内戦にも通じると語る。

「恨みの対象がエスカレートして世界全体を恨むのは多分、どこでもある。心動かされる出来事があると、作るものに反映していかざるを得なくなる。何かに仮託して思うことを表現する。誰かを攻撃する刃ではなく、楽しみの中から何か違う考えを拾って欲しい。それがエンタメだと思う」

明治から幕末にさかのぼった「-The Beginning」では、巴との家庭に幸せを見いだす剣心を描いた。それこそコロナ禍の今、大切だと強調する。

「日々の営みの中にある小さな幸福が、どれくらい価値があるかに剣心が気付く話。今こそ見て欲しい。緊急事態宣言の中で、人の命と健康を守るのは当たり前。抜けているのは暮らしなんじゃないの? 暮らしが破綻したら人は死んじゃったり絶望してしまう。映画を見る幸せ…庶民の小さな楽しみなんて奪う必要ないじゃない? コロナも人を殺すけれどストレスも人を殺すと思っているから」

★リアル「るろうに」

当初、公開は昨年7、8月で時期が重なる東京五輪と真っ向勝負するつもりだったが1年の延期で考えは変わった。5月6日に「リスクばりばりのオリンピックやるのに、なんで映画上映できないの? 映画を生業とするものとして、素朴な疑問」とツイートした。

「4年に1度にかけるアスリートと、10年かけてたどり着いた作品を見て欲しいという僕らの気持ちは一緒。アスリートが繰り広げる本物の感動に対して、フィクションで負けない感動を作り上げ正々堂々、闘おうという気概がパワーになっていた。でも、五輪は進んで見ようとは思えないイベントになっちゃった。あえて敵視する必要はないんだけど、そうしてしまうくらいコロナで日本は本当に混乱しているんだと思う」

コロナ禍の経験を映画化するプランもある。都庁に問い合わせた際、脳裏に浮かんだのは、余命いくばくもない市役所職員が公園を作る姿を描いた黒澤明監督の52年「生きる」だった。

「志村喬さん演じる主人公がブランコを作ろうとして役所でたらい回し…体質は変わっていないと思った。腹が立ったけど静め、そのまま描くことはないかも知れないけれど、いつか作品にしてやろうと。映画は作るのにストロークが必要。今、思っていることとアウトプットする時は違う。今の気持ちを普遍化する作業をしなければいけない」

NHKを“脱藩”し、フリーの映画監督になって10年。流浪人の剣心のごとく、この先も縦横無尽に駆け抜けていく覚悟だ。

「コロナで配信が伸び、映画とテレビドラマとの関係性も、ずいぶん変わってくる。NHKだったらヘタすりゃドラマしか作ることが出来ないけど、僕は1人なんで全方位とお付き合いできる。不思議なもので、佐藤健が剣心と同一化していくように、龍馬や剣心とか、そういう考えが、僕に入ってきちゃうんですよね。ほんと“リアルるろうに”になってきたからね」【村上幸将】

▼「るろうに剣心」主演の佐藤健(32)

大友さんとは(岡田以蔵役で出演した)「龍馬伝」の時の出会いです。これだけの大きな作品の主演を22歳の僕でやるのはギャンブルだったと思う。その後、いただけるオファーも変わったし、この役と作品と出会わなかったら今の僕はいない。大切なターニングポイントの作品…間違いなく代表作です。

◆大友啓史(おおとも・けいし)

1966年(昭41)5月6日、岩手県盛岡市生まれ。慶大法学部卒業後90年にNHK入局。秋田放送局を経て94年にドラマ番組部。97年から2年、米ハリウッドで脚本や映像演出を学ぶ。「ちゅらさん」「白洲次郎」などのドラマ演出と09年の映画「ハゲタカ」を監督し11年に退局。13年「プラチナデータ」、16年「秘密 THE TOP SECRET」と「ミュージアム」、17年「3月のライオン」、18年「億男」、20年「影裏」など話題作を手掛ける。

◆「るろうに剣心 最終章」

人斬り抜刀斎こと緋村剣心は、悲願の明治維新を迎え人を斬ることのできない逆刃刀を持ち流浪人となる。神谷道場で暮らす中、東京が襲撃される。首謀者の雪代縁は、姉巴を殺した剣心が作った世界の破壊を目指す。

(2021年6月20日本紙掲載)