世界的に大ヒットした韓国ドラマ「愛の不時着」が、Netflixの世界配信から丸2年以上たった今も日本ランキングのトップ10に入り続けています。先月は、主人公カップルを演じたヒョンビン(39)とソン・イェジン(40)が結婚を発表したばかり。とびきりの番外エピローグが追加されたようで、話題は尽きません。

この作品がなぜこんなに人気なのか。挙げればキリがありませんが、ざっくり言えば、今の日本の連ドラでは見られないものがすべて詰まっている、という点に尽きると思います。

列車が止まり、たき火で野営するセリ(左)とジョンヒョク。2人の距離が縮まる名場面のひとつ。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中
列車が止まり、たき火で野営するセリ(左)とジョンヒョク。2人の距離が縮まる名場面のひとつ。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中

◆スケールの大きさ

まずは、物語のスケールの大きさ。2人が演じたのは、パラグライダー中に竜巻に見舞われ北朝鮮に不時着した韓国の財閥令嬢ユン・セリと、それを発見した北朝鮮将校リ・ジョンヒョク。軍事境界線を越えた禁断のラブストーリーというだけでも壮大ですが、この作品はスイスも重要な舞台となっています。

不時着する7年前、2人はスイスで遭遇していたという数奇な運命が物語の伏線になっていて、ここでの小さな波紋が後に登場人物たちの人生を大きく動かしていきます。アルプス山脈の絶景やブリエンツ湖のもの悲しい美しさは、大きな心の傷を抱えて生きてきた2人の心象風景そのもの。韓国ドラマらしいダイナミックな映像美が大きな運命のうねりとリンクし、さまざまな人に出会って成長していく2人の人間味を広々と体感できるのです。

エンタメが国策のひとつであり、海外展開が常に視野にある韓国ドラマは、外国を物語の重要パーツとして描くことが多いです。「トッケビ」はカナダ、「太陽の末裔」の“ウルク”はギリシァ、「青い海の伝説」はスペイン、「バガボンド」はモロッコなど。コロナ禍でイタリアロケができなかった「ヴィンチェンツォ」は、街並みからぶどう畑の大火災シーンまで最先端CGで描き出し、世界の度肝を抜いています。

予算削減の日本の連ドラではちょっとお目にかかれないスケール。半径5メートルの人間模様もいいけれど、国境をまたいでロマンスとアクションが展開する「不時着」を見ると、単純に圧倒されるのです。

◆資金力

大規模な撮影が可能なのは、資金力あってのこと。「不時着」の制作費は非公開ですが、同クラスの大作ドラマと比較すると、ざっくり1話2億円前後が相場のようです。日本の連ドラは主要枠でだいたい1話3000万円前後とされ、大きな差があります。

雄大なスイスロケも物語の重要なパーツ。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中
雄大なスイスロケも物語の重要なパーツ。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中

背景として、ドラマ制作における日韓の商慣習の違いが挙げられます。韓国は制作会社の力が非常に大きいのが特徴で、テレビ局とその受注先、という日本の力関係とは大きく異なります。世界で戦える企画を立て、Netflixなどの大手配信サービスに持ち込んで巨額の予算を調達し、作品の著作権も自ら管理。「不時着」のように丸2年もベスト10に入り続ければその都度もうけがあり、次の作品に予算を投じることができます。

日本は、テレビ局がプラットホームも制作も著作権も握り、スポンサーの広告収入で利益を回収するドメスティックなスタイル。テレビ広告費がネット広告費に抜かれる中、予算の先細りでますます目先の視聴率やスポンサーの意向に気を取られ、「不時着」のようなドラマはなかなか生まれにくいと感じます。

ヒョンビン演じるジョンヒョクは、北朝鮮将校にして中央幹部の次男。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中
ヒョンビン演じるジョンヒョクは、北朝鮮将校にして中央幹部の次男。Netflixシリーズ「愛の不時着」独占配信中

◆脚本力

1話完結ベースで全10話などのパッケージが多い日本と違い、続きが気になって仕方がないという連続ドラマ本来の魅力に徹しているのも韓国ドラマの特徴で、「不時着」はその代表格です。

脚本は、韓国屈指のヒットメーカー、パク・ジウン。宇宙人とトップ女優の恋を描いた「星から来たあなた」、人魚と詐欺師の恋を描いた「青い海の伝説」など、出会うはずのない、あり得ない設定で珠玉の物語を作り出す売れっ子です。「不時着」も、韓国と北朝鮮という出会うはずのない2人を通した人間賛歌で、究極のパク・ジウン作品といえるかもしれません。

事故って不時着したセリと、うっかり北朝鮮領土に侵入させてしまったジョンヒョクの部隊。当局にバレたら困る者同士のコミカルな導入が絶妙で、荒唐無稽を入り口に、人間の輝き、日常の尊さを描いていくストーリーテリングが本当にうまいんですよね。90分×16話などあっという間です。韓国ドラマとしては一般的な長さで、大河ドラマみたいな分量の作品を次々と送り出す韓国脚本界の力量にも驚かされます。

◆俳優力

ヒョンビンもソン・イェジンも、競争の激しい韓国芸能界でトップ集団を走り続ける演技力の持ち主。ともに大学の演劇科、映画科などで芸能をみっちり学んだ表現者でもあります。

2人に限らず、韓国の俳優女優は、芸術高校や大学の演劇学科などで演技の基礎を学んでいるケースがほとんど。あらゆる大学に関連学科があり、発声から映画制作まで、あらゆるメソッドを学んでスターを目指します。街でスカウトしてすぐ俳優デビュー、という日本式の才能発掘法もひとつの方法ですが、本番と同時に自在に泣く韓国勢のメイキングなどを目の当たりにすると、ちょっと圧倒されます。

「不時着」も、登場人物の隅々までそんなキャスティング。1話の非武装地帯の爆走から最終話の爆走まで、確かな名シーンの数々を見届けるうち、決して荒唐無稽ではない、すてきなせりふや生きざまがいくつも胸に残るのです。

いろいろ書いているうちに、また1話から見たくなってきました。新規とリピーター、両方のハートをがっちりつかんだ究極のスタンダード。今もトップ10入りを続けるミラクルも納得です。

※日刊スポーツPREMIUM「梅ちゃんねるNetflix版」3月7日付をもとに構成。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)

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